50話 令嬢は義姉の話を聞く
フィオーラは長椅子に座り、ハルツ司教から説明を受けることになった。
「ヘンリー様にセオドア殿下の計画を教えたのがミレア様だった、ですか……」
驚き、フィオーラは目をまたたかせた。
セオドアの計画した誘拐事件には、フィオーラの父親も一枚噛んでいる。
だからフィオーラは、父と義母、それに義姉が一家揃ってセオドアに協力していたと思っていたが、どうやら違うようだった。
(確かに、王都から遠く離れた場所にいたヘンリー様が、どうして私の誘拐事件を知ることになったのか、気になってはいましたが……)
ミレアがヘンリーに情報を流したから、らしい。
「ミレア様は何故、両親を裏切るようなことをなさったのでしょうか?」
「妬ましかったから、だそうです」
ハルツ司教が苦笑を浮かべていた。
彼は手元の紙片に目を落とし、ミレアの心の内を語っていく。
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そもそもの話、最初から。
ミレアはセオドアの計画への協力に反対だった。
(どうして、あんなみすぼらしいフィオーラが、セオドア殿下の目に留まったのよ⁉)
妬ましくて腹立たしくて羨ましくて。
感情を発散させるため、髪をかきむしろうとしたところで。
右腕に巻かれた布の存在を意識してしまい、ますます感情が荒立った。
――――こんなのはおかしい。あり得ないはずだ。
美しく幸せになるべき自分が、醜い痣に苦しめられていて。
痣を付けた張本人のフィオーラが、ぬけぬけと王太子と結ばれるなんて、そんなの絶対に間違っていた。
なのに、母であるリムエラは、フィオーラとセオドアの婚約に前向きだった。
『セオドア殿下は一見お美しく凛々しいけど、心の内に化け物を飼っているお方よ。私にはわかるの。セオドア殿下に捕まったら最後、フィオーラの心は無茶苦茶になるはずよ』
などと言って、率先してセオドアに協力する有様だった。
(お母さまは、人を見る目に自信があるようだけどうぬぼれよ!! セオドア殿下はこれ以上なく優雅で、優しいお方だったじゃない!!)
ミレアがセオドアと直接話したのは、ほんの短い時間だ。
だが短時間でも、セオドアが見目麗しく話術にも長けた、極めて魅力的な王太子だとわかったのだ。
そんなセオドアが、フィオーラと婚約を交わすなんて、到底認められるわけが無かった。
なんとかして妨害しなければと考えたミレアは、ヘンリーへと目をつける。
ヘンリーはフィオーラとの婚約を破棄したものの、今だフィオーラの身を気遣い、消息を訪ねミレアの元にやってくることがあった。
フィオーラへの未練を残したヘンリーに情報を渡し、セオドアとの婚約をぶち壊す。
そんなミレアの杜撰な計画は、本人の意思に反して、フィオーラを窮地から助けるきっかけとなったのだった。
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「――――と、おおまかにミレア様の考えと行動は、こんな風になるわけです」
語り終えたハルツ司教が、手元の資料から視線を上げ締めくくる。
「ところどころ要約させてもらいましたが、ミレア様の動機が、妬みからくるものだったのは間違いないようです。嫉妬心からの行動が、まさかその嫉妬していた相手を救うことになるなんて、ミレア様も驚きでしょうね」
ハルツ司教の言葉に、フィオーラは黙って頷くしかなかった。
「ミレアにとっては、皮肉としか言えない結末ね」
耳元で、ごく小さくモモが囁いた。
フィオーラの心の内を、代弁するかのような言葉だった。
「……ミレア様は今後、どうなさるつもりなのですか?」
今回の一件で、フィオーラの父と義母には罰金が科されていた。
被害者にあたるフィオーラの身内のため、罰金だけで済んだのだが、それでも伯爵家の資産の大部分が吹き飛ぶ大金だ。
今までのような贅沢な暮らしは到底できない状況で、ミレアは今後どうするつもりなのか気になった。
「それが、話が意外な方向に進みまして……我が教団に入り、シスターになるそうです」
「ミレア様が、シスターに……?」
信じられない組み合わせだ。
「ミレア様はドレスで着飾ったり、派手な生活を好まれていました。そんなミレア様がシスターに向いているとは思えないのですが……」
「私も同意見ですが、彼女なりに心境の変化があったようです」
今回の一連の騒動を経て、ミレアは多くのものを失っている。
腕の消えない痣。両親に課された大量の罰金。
他の貴族たちからは嘲られ、煙たがられるようになってしまった。
「加えてミレア様にとっては、セオドア様の本性を見抜けず、のぼせあがってしまった自分に、なにより衝撃を受けられたようです。多くを失い、もう自分さえ信じられないと絶望し、教団の門を叩いたのです」
千年樹教団は、傷ついた人間に門戸を開いていた。
俗世での様々なしがらみを断ち切り心の平安を得ようと、それまで持っていた地位と引き換えに、教団の庇護を受けることができる。
ミレア本人は、公に大きな罪は犯していなかったから、シスターとなることは認められるはずだ。
質素なシスター暮らしでも、外で嘲りに晒された令嬢として生きるよりはマシだと、ミレアはそう考えたのかもしれない
「もっとも、フィオーラ様が望むなら、ミレア様をここから遠く離れた、異国の教団支部に回してもらうことも出来ますが……」
「……ミレア様のことは、そっとしておいてあげてください」
ミレアの今後を思い、フィオーラはそう答えた。
ミレアのことを考えると、今でも動悸が早くなる。
彼女から受けた仕打ちは忘れられず、許すことは出来なかったが、今回はミレアの動きがなければ、もっと困った事態に陥っていたかもしれなかった。
(もちろんミレア様が、私を思いやって行動したわけじゃないことはよくわかっているけれど……)
それでも結果的に、フィオーラを助ける形になったのは事実だ。
この先、ミレアが今までの自分を捨て、シスターとして生きるのなら、フィオーラはそれで良いと思えたのだった。
「ハルツ様、ミレア様の現在についてお教えいただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、彼女のシスター生活を認めてもらえてありがたいですよ。……ミレア様の所業については、私も一切擁護しませんが、俗世との関わりを断ちたいと、教会の門を叩き縋り付く気持ちは、それだけはわかりますから……」
遠い昔を懐かしむように、ハルツ司教が瞳を細めている。
(ハルツ様はやっぱり、何らかの理由で貴族の地位を捨てて、神官になられたんでしょうか……)
穏やかで、全てを受け入れるような雰囲気を持つハルツ司教、
そんな彼にも、本人にしかわからない過去や苦しみがあるのかもしれないと、フィオーラは感じ取ったのだった。