49話 令嬢は精霊に名づける
フィオーラへの同行を宣言したモモンガ精霊。
勢いに押され、フィオーラが受け入れる形になったが、アルムも納得してくれるだろうか?
「アルムは、この子が一緒に行動しても大丈夫ですよね?」
「問題ないよ。問題になりそうだったら、素早く排除するだけだ」
「酷いわねっ!!」
ぺちぺちと、モモンガ精霊がアルムの頬をはたいていた。
世界樹であるアルムに対する遠慮ない行動に、イズーが静かにビビっている。
アルムは少し嫌そうな顔をすると、肩からモモンガ精霊を引きはがし、近くにあった木の梢へと乗せた。
「フィオーラが認めたんだ。僕たちについてきたいなら好きにするといい。だが君は、今まで見たことも無い種類の精霊だ。完全に信用するのは難しい。それくらい、君だって理解しているだろう?」
「むぅ。腹立たしいけど仕方ないわね」
「フィオーラに危害を加えなければそれでいい。もし加えたら、本物のハンカチのようにぺしゃんこになると覚悟してくれ」
「わかったわよ、もうっ」
モモンガ精霊が、小さな体で器用にため息をつく。
二人(?)のやりとりを見守っていたフィオーラは、ほっとしつつ声をかける。
「これからしばらく、よろしくお願いしますね。……名前は、なんと呼べばいいんですか?」
「好きにしてちょうだい。普通、精霊には固有の名前なんてないわ。だって、精霊は貴重な存在で、一か所に何体も集まることは稀だから、呼び分ける必要が無いもでしょう?」
「そうでしたね……」
つい、いつもイズーと一緒だから忘れてしまうが、精霊はとても珍しく、人間のように個々の名前を持たないのが普通だ。
どうしても、精霊同士で区別が必要な時には、守護している土地の名前を冠して呼ばれるのが通例だ。
例えば、この王都ティーグリューンが担当地域の精霊だったら、ティーグリューンの精霊、といった具合だ。
「あなたが担当していた土地の名前は何ですか?」
「秘密よ」
「秘密……」
「ますます怪しいな……」
アルムが、どこか呆れた雰囲気でモモンガ精霊を見ていた。
アルムの表情は動いていないが、最近はフィオーラも、なんとなく彼の考えがわかるようになってきた。
「君、本当に精霊かい?」
「失礼ねっ!! あなたも世界樹なら、直感で私が精霊だって理解できるでしょう? それにこの花よ!! この花が目に入らないのっ⁉」
モモンガ精霊が、首元の小さな白い花を指し示す。
精霊の証だった。
「女には秘密がつきものなのよ。あなた達に迷惑をかけるような秘密じゃないし、土地の名前で呼ばれるなんて味気ないじゃない? 呼びやすい名前を、好きにつければいいじゃない」
「……それじゃぁ、モモでどうですか?」
モモンガだからモモ。
単純な名づけだけど、可愛らしく呼びやすい名前だとフィオーラは思った。
「モモ、モモ……悪くない名前ね。モモでよろしく頼むわ」
「はい、こちらこそ。よろしくお願いしますね」
かくして、精霊のモモが共に行動することになったのだった。
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モモは体が小さいため、フィオーラの肩にのって一緒に動くことになった。
イズーはよくしゃべるモモに腰が引けたのか、フィオーラの肩から降り、とことこと四本の足で地面を歩いてついて来ている。
モモが人間の言葉をしゃべれることについては、基本的に秘密にするつもりだ。
一騒動になりそうだし、何よりモモ自身が、人前ではしゃべりたくないらしい。
教会の廊下を進み、人目のある今は、フィオーラの肩の上で大人しく黙り込んでいた。
歩くたび、それなりに揺れるはずだが、危なげなくくっついている。
モモンガは木の上を駆けまわり生活する生き物だから、モモンガの姿をした精霊のモモも、バランス感覚は優れているようだった。
モモの小さな指は、しっかりとフィオーラのドレスにつかまっている。
今、フィオーラが着ているドレスは、教団が用意してくれたうちの一着だ。
いつまでも、シスターと同じ服ではまぎらわしいということで、フィオーラの年齢に相応の、可愛らしい編み上げデザインのドレスになっている。
色は、フィオーラの瞳とあわせた優しい水色。
初夏の装いらしく、華奢な鎖骨がのぞいている。
今までは折檻の痕を隠すため、首のつまったドレスしか着られなかったから嬉しかった。
「フィオーラ様、今少しお時間よろしいですか?」
書類を携えたハルツ司教が声をかけてきた。
ここのところ、誘拐事件の後始末で忙しそうだったが、何かあったのだろうか?
近寄ってくるハルツ司教の顔を、モモがじっと見つめていた。
何か気になるのだろうかと思っていると、耳元で小さく囁かれる。
「……美男ね。あれは絶対、罪もなく女を泣かしている顔よ」
「…………」
どうやらモモは、結構俗っぽい性格をしているようだった。