44話 令嬢は天候を知る
一足先に地上へと向かったセオドアに続き、フィオーラ達も地上へと降りていく。
方法はもちろん、セオドアとは全くの別物だ
アルムの樹歌により、枝がしなり形を変え、地上へと続く階段へと変化する。
階段は軽く百段以上。
途中で踏み外さないか心配だが、隣にはアルムがいてくれる。
「きゅいっ‼」
僕もいるよ!! と主張するように鳴くイズー。
「イズー、ありがとう。足を滑らしたらお願いしますね」
「きゅっきゅきゅきゅ‼」
了解です、と言うようにイズーが前足を上げた。
もし階段から落ちても、イズーが風を起こし助けてくれるはずだ。
(……最初からイズーの風にのって、地上に降りる案も提案されましたが……)
それは怖くて、階段を作ってもらったのだ。
提案を拒絶されイズーは落ち込んでいた。
申し訳なかったが、目の前で地面直前まで落下したセオドアの衝撃が大きすぎる。
空中遊泳をする気にもなれず、地上まで自分の足で歩いて行くことにしたのだ。
フィオーラが階段を下りていくと、少しずつ地上の細部が見えてくる。
精霊たちは木の根元に固まっていた。
フィオーラを見上げ、地上に到着するのを待ち構えているようだ。
そんな精霊たちを遠巻きにするように、人間たちが固まっている。
兵士たちに野次馬、それにハルツら千年樹教団もいるようだ。
地上へと降り立ったフィオーラは、まず精霊たちに取り囲まれた。
精霊たちは霊樹の周辺に散っていたはずだ。
フィオーラの危機を知り、王都まで駆けつけてくれたようだった。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
お礼代わりに撫でてやると、精霊たちが体をすり寄せてくる。
垂れ耳犬の精霊は嬉しそうに足元を駆けまわり、羊の精霊はもこもこの体で寄り掛かってくる。
頭の上に温かさを感じると、大きな熊の姿をした精霊が顎を髪の上にのせていた。
一頭一頭、フィオーラが精霊たちの頭を撫でていると、ハルツ司教が近寄ってきた。
「フィオーラ様‼ セオドア殿下たちに、怪我はさせられていませんか?」
「大丈夫です。心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした……」
「ご無事な姿でお会いでき、本当に本当に良かったです。おかげで王都の民も助かります」
「……王都の民?」
どういうことかと首を傾げる。
するとハルツ司教が、どこか遠い目をして微笑んだ。
「フィオーラ様が誘拐されてからのことです――――」
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フィオーラが誘拐されてから数日経った日のこと。
アルムは無表情を極め、冷ややかな空気を周囲へと滲ませていた。
そしてその冷気は、アルムの周辺に留まらず、王都全域にまで及ぶことになる。
季節外れの雪が降り出したのだ。
空から落ちてくる白い欠片に、王都の住人は何事かとざわめいたのだった。
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「初夏の王都で雪。初めて見た時は私も、自分の目を疑いましたよ」
その瞬間を思い出すように、ハルツ司教が空を見上げた。
空は青く、初夏らしい透明さで輝いている。
とても数日前、雪が降ったとは思えない様子だ。
「しかも天気の乱れは、雪だけでは終わらなかったんです」
雪の日の翌日、王都では一日中雷が鳴っていた。
更にその翌日には、また雪。雪が止んだと思ったら今度は雹だ。
いずれの日の異常気象も、派手さの割には被害は少なく、死人などは出ていないが、王都の住民に深い戸惑いを残していた。
そんな立て続けの異変には理由がある。
原因はアルムにあるのだった。
「世界樹である僕は、世界と深く繋がっているんだ。普段は樹歌によって世界に働きかけているんだけど、あの時は意識せず影響を与えてしまったんだよ」
「無意識で天候の操作まで……?」
天の気象は、今だ人間には手の届かない領域にあるもの。
アルムの持つ、途方も無い能力を新たに知ってしまったようだ。
どうやらアルムが強く感情を揺らすと、世界を同調して動かしてしまうことがあるらしい。
樹歌もなく行う形のため変化は比較的緩やかで、そこまで規模が大きいものではない……らしいが、それはあくまで世界樹であるアルムを基準にした話だ。
この国の都市で一番大きい王都。
その王都全域の気象が、アルムの感情の影響を受けたようだった。
「僕の感情はかつてないくらい荒れていたからね。主であるフィオーラと離れていたこともあって制御が甘くなって、感情が天候に反映されていたんだ」
アルムは、途中で自身の感情と天候が連動していることに気づいたらしい。
死人が出るような天気の荒れは防いでいたようだが、その後も異常気象は続いた。
実害こそ小さくとも、天候の異変は誰でも簡単に気づくものだ。
王都の住人は日々戦き、不安に震えていたらしい。
ハルツ達千年樹教団の人間も同じだ。
改めてアルムの力の大きさを実感した千年樹教団は、アルムの主であるフィオーラの行方を追うのに、より一層力を注ぎこむことになる。
そんな彼らと、アルムや精霊たちの捜索のおかげもあり、フィオーラがセオドアの持つ別邸に誘拐されたと判明したらしい。
アルムはすぐさま救出に向かおうとしたが、別邸のどの部屋にフィオーラがいるかわからなかったため、巻き添えを恐れ居場所を探っていたらしい。
そんな中、フィオーラがしおりから木を生やしたおかげで目印となり、すぐさま飛び込んできたようだ。
「フィオーラの機転のおかげだよ。あの王太子、僕を警戒して植物は君の近くに持ち込まなかったみたいだけど、どうやって木を生やしたんだい?」
「しおりです。私の前に、人質として連れられてきたヘンリー様が偶然、アルムが若木だった時の葉を使ったしおりを持っていたんですが……」
フィオーラは周囲を見回した。
こげ茶の頭、ヘンリーの姿は見当たらない。
今回の一連の騒動で死者は出ていないらしいから、治療のためどこかに運ばれたのだろうか?
「ヘンリー様でしたら、事件の重要参考人として、我が教団で保護させていただいています。後でお会いになりますか?」
「……お願いいたします」
フィオーラは小さく頷いた。
かつて、フィオーラへと一方的に婚約破棄を叩きつけたのがヘンリーだ。
その婚約破棄が、実は王太子であるセオドアが糸を引いたものであること。
ヘンリーはフィオーラを思いやっていてくれたことを知ったのは、まだついさっきのこと。
フィオーラ自身、ひっくり返った事実にまだ混乱していたが、ヘンリーが恩人なのは間違いない。
彼の傷が癒え次第、一度しっかり話をしたいところだった。




