42話 令嬢は世界樹の力を知る
「フィオーラを巻き込んでしまう恐れがあったから、力を振るうのを我慢していたけど………」
この先は容赦する必要は無いね、と。
アルムの瞳がセオドア達を映していた。
「貴様、何者だ……?」
セオドアの声が、険を孕んで低くなる。
人間離れした美貌のアルムに見据えられてなお、怯むことも無く言い返してくるのは、さすがは王太子と言ったところかもしれない。
「フィオーラに汚い手で触れるな。彼女は私の妃になる女性だ」
「…………フィオーラは、あいつの伴侶になるつもりかい?」
「そんなことはありえません」
フィオーラが首を横に振ると、アルムのまとう空気が安心したように緩んだ。
セオドアからフィオーラを庇う位置へと、アルムが前に出て口を開いた。
「君にも、フィオーラの返答は聞こえただろう? さっさと引き下がってくれないかな?」
「黙れっ………!!」
セオドアの顔から、笑みの仮面がはげ落ちる。
憎悪と嫉妬を隠すこともせず、アルムへと濁った瞳を向けていた。
「貴様がフィオーラを騙し込んだ張本人、汚らわしい教団の回し者かっ!!」
「ふざけたことを言ってくれるね? 僕は世界樹であり、フィオーラは僕の主だよ」
「…………やはり貴様がっ……!!」
セオドアがアルムへと吠えたてる。
「調子に乗るなよ!! 神だ世界樹だと崇められようと、本性は人間未満の植物だ!! 大地なき建築物の中では無力な草切れでしかない!!」
セオドアが、背後の兵へと命令を下した。
「行けっ!! 剣で樹木を斬りはらえ!! 世界樹とやらに人間の力を刻み付けてやれっ!!」
「ですが、殿下………」
兵隊たちは、戸惑うようにアルムとセオドアを見比べた。
王太子の指示とは言え、世界樹であるアルムに剣を向けるには抵抗があるようだ。
「行けと言ったのが聞こえなかったのか⁉ あいつはフィオーラを、この国の未来の妃を奪おうとしてるんだ!! 今フィオーラを助け出せば勲章も報償も思いのままなんだぞ!?」
「…………!!」
セオドアの発破に、兵士たちの心の天秤も傾いたようだった。
手に手に剣と槍を構え、じりじりとフィオーラたちへにじり寄ってくる。
「アルム、どうしましょう!?」
フィオーラは周囲を見回した。
目の前の兵士たちだけではなく、扉の向こうからも、異変を察した兵士たちが駆け寄ってきている。
しおりから生まれた樹木を操作するだけでは、対処が追いつかなくなりそうだ。
手数を増やそうにも、室内で地面や植物が近くにないため、フィオーラでは手詰まりなのだった。
「心配ないよ。………容赦するつもりは無いって、さっきそう言っただろう?」
アルムはフィオーラを抱き寄せると、静かに形良い唇を開いた。
美しい唇から流れ出す、美しく不思議な響きを持つ旋律。
奏でられる樹歌の意味をフィオーラが追っていると、足元に振動を感じた。
最初は気のせいとも思えた揺れは、瞬く間に大きく早く密になり、誰もが気づくほどだった。
「なんだっ⁉」
「ひいいっ‼」
狼狽え叫ぶ兵士たち。
彼らをしかりつけようとしたセオドアが膝をつく。
強まっていく振動に立っていられず、転んでしまったようだった。
「世界樹っ!! これは貴様の仕業かっ⁉」
這うようにしてセオドアが、フィオーラたちに近寄ろうとしてくる。
フィオーラへの執着を原動力に、揺れの中にじりよってくるセオドアだったが、
「ぐあぁっ⁉」
突如目の前の床が盛り上がり、勢いよく弾き飛ばされた。
壁へと叩きつけられたセオドアが、呆然と紫の目を見開いている。
「馬鹿なっ………⁉」
セオドアを弾き飛ばしたのは、緑の葉を茂らせた太い枝だ。
床の敷石を割って生えだした枝を、セオドアは信じられない想いで見ていた。
「ありえないだろう⁉ この建物は床面全部が石で作られているんだぞ!?」
「―――――――――それがどうしたっていうんだい?」
アルムが冷ややかな目でセオドアを見下ろした。
「大地が無ければ生きていけないのは、君たち人間だって同じはずだろう? どれほど石を積み天へと壁を打ち立てようと、その土台の下にあるのは地面なんだ。わずかでも土くれがあれば植物は芽吹くもの。地面を覆う建物がどれほど堅牢だろうと関係ないよ」
こんな風にね、と。
アルムが口にし樹歌を唱えると、石でできた床が無数にひび割れていった。
割れ目からいくつもの枝が伸びあがり、勢いよく壁に当たり崩していく。
崩落した壁の向こうに外の風景が覗くが、フィオーラは驚くべきことに気づいた。
(景色が下に……地面が遠ざかって………⁉)
揺れが一段と大きくなり、壁の向こうの景色が下へ下へと流れ去っていく。
未知の感覚に怯えるセオドア達に構うことなく、アルムはフィオーラを抱き寄せた。
「僕から離れないで。落ちたら危ないからね」
「アルム、いったい何を……?」
「君を捕らえた罪人が逃げないよう、檻が必要だろう?」
「檻………」
気づけばフィオーラは、アルムとともに太い枝の上に立っていた。
枝は天井を突き抜け屋根を超え、フィオーラたちを傷つけないようにしつつ、建物の中から脱出させた。
今やフィオーラの頭上には、建物を突き抜け枝葉を広げた大樹があり。
そして眼下には、幹に貫かれ持ち上げられた、石造りの屋敷が宙に磔にされていたのだった。
(確かにこれでは、誰も逃げられませんね………)
地面との距離にくらりとしつつ、フィオーラは足元を見下ろした。
アルムの樹歌によって育った大樹により、屋敷は地面からはがされ強引に持ち上げられている。
傾き原型をとどめない床と建物に、セオドア達が右往左往しているのが見える
下手に動けば地面へと真っ逆さまの状況に、罪人は空中の牢獄に捕らえられていたのだった。