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41話 令嬢は呼び声を聞く


 婚約破棄の裏事情を知り、フィオーラはヘンリーを見つめた。


「ヘンリー様は、セオドア殿下を恐れ私との婚約を破棄したことを、気に病んでいらしたのですか……?」

「………今更、謝っても遅いのはわかっているよ。王太子である殿下と結ばれるのなら、君は幸せになれると思い身を引いたんだが………。その後に、君を誘拐同然に捕らえるつもりだと知ってしまったんだ」

「………だからって、どうしてここまでして私のことを助けようと……?」

「身勝手な贖罪さ。それに俺は君のことを――――――――――ぐっ⁉」


 ヘンリーが叫び転倒する。

 セオドアに強烈な足蹴を食らったからだった。


「フィオーラの同情にすがるな。見苦しいぞ」


 うめき声をあげるヘンリーを見下ろすセオドアが、ぐるりと首を回しフィオーラを見つめた。

 

「フィオーラ、これでわかっただろう? 言い訳ばかりのこの男のことを、君が気にかけてやる必要は無いんだ。そもそも数日後には、処刑台の露に消えている男だからな」

「………っ、処刑までしなくてもっ……!!」

「そんなに、その男のことが気になるのかい?」


 セオドアは笑っているが、瞳には危うい光がちらついている。

 彼を逆上させないよう気を付けつつ、フィオーラは言葉を絞り出す。

 

「………ヘンリー様は、私に兄のように優しくしてくれた方でした」

「だから、処刑を受け入れられないと? 残念ながら一度決めた刑罰を、簡単には覆せないものさ。王族か、それに準じる地位の人間の反対でもなければ、この男の処刑は不可避の未来だからね」

「……………」


 フィオーラは掌に爪を食い込ませる。

 セオドアの言わんとすることが理解できてしまったからだった。


(ヘンリー様を助けたいなら、殿下の婚約を受けろということですね………)


 だからこそわざわざ、人質として使うためヘンリーをここへ連れてきたのだ。

 婚約破棄の裏事情を知ってしまった今、ヘンリーもまたセオドアの被害者だと、フィオーラは理解してしまっていた。


(私はどうすれば………)


 セオドアの婚約者になると誓う?

 そんなことはできないが、フィオーラが婚約を受け入れなければ、間違いなくヘンリーは殺されるはずだ。

 八方ふさがりの状況に固まるフィオーラの耳へ、小さなうめき声が届いた。


「俺のことは……気にするな…………君は殿下から逃げ―――――がっ⁉」

「っ!!」


 見せつけるように、セオドアがヘンリーを蹴りつける。

 地面を転がるヘンリーの上着がずり落ち、懐から紙片が舞い落ちた。


「あれは………」


 細長い、手のひらの長さほどの紙片だ。

 少し黄ばんだそれは、フィオーラには見覚えのあるものだった。


(私が昔、ヘンリー様に差し上げたしおり……!!)


 ヘンリーから贈られた花のお礼にと、手作りで仕上げたしおりだ。

 冷遇され、自由になるお金もないフィオーラが贈った、唯一と言っていいそのしおり。

 今思えば、返礼の品と言うのもおこがましい質素な品物だが、ヘンリーは持ち歩いていてくれたようだ。


「フィオーラっ⁉」


 伸びてくるセオドアの手をすり避け、フィオーラは勢いよくしゃがみこむ。

 目標は絨毯の上のしおり。

 指が触れた瞬間、フィオーラに一つの確信が訪れる。


(やっぱり‼ これなら樹歌に反応するはず!!)


 しおりには、葉と花が貼り付けられていた。

 押し花の要領で加工し貼ってある飾り付け。


 花は伯爵邸の庭先に咲いていたのを摘んだもの。

 そして葉は、若木の姿だった時のアルムのものだった。


(私はアルムの主なのですから、アルムの葉とは相性がいいはずです!!)


 フィオーラの樹歌は対象によって効き目に違いがあり、その相性もぼんやりと把握できるようになっていた。

 まだはっきりとしない、おぼろげな感覚だったが、それでもフィオーラには理解できる。

 しおりに使われている葉はきっと、フィオーラの樹歌に強く応えてくれるはずだ。


「フィオーラ、しゃがみこんで何をしているんだ?」

「っ……!!」


 必死でセオドアの手から逃れつつ、フィオーラは唇を開いた。


「《かつて緑でありしものよ、つかの間息吹を吹き返せ!!》」


 樹歌とともに、しおりの表面が波打った。

 

 ほとばしりあふれかえる緑。

 そうとしか形容できない勢いで、しおりの葉から枝葉が生まれ伸びあがっていく。


 揺れる葉は緑で、天へと伸びあがる幹は銀色。

 アルムの色彩と、そして世界樹と色を同じとする樹木が、天井さえ突き破り育っていったのだった。


「な、これはっ⁉」


 初めて聞く、セオドアが狼狽した声だ。

 樹歌によって生まれた樹木はフィオーラの思いを受け育っている。

 フィオーラとヘンリーの二人をセオドア達から引き離すように、室内には複雑に枝葉が張りめぐされているのだった。


(でも、これだけじゃいずれっ………!!)


 枝葉ごしに、セオドアが配下の兵隊に指示し樹木を切り裂かせているのが見えた。

 このままじっとしては、すぐにフィオーラの元にたどり着かれてしまうはず。

 どこに逃げるべきかと首を巡らせ―――――――――


「フィオーラっ!!」


 強く名を呼ぶ声が聞こえた。


「アルムっ!! 私はここです!!」


 気づけばフィオーラも叫び返していた。

 会いたかった。

 待っていた。

 すっとずっと、聞きたかった声だった。


「フィオーラっ!!」


 扉が吹き飛び、生い茂った樹木が道を開ける。


「アル―――――――っ!!」


 駆け寄ってきたアルムに、きつくきつく抱き寄せられる。

 力が強すぎて痛いほどだが、それは心地よい痛みだ。

 安堵と喜び、そして申し訳なさを感じながら、フィオーラはアルムに抱きしめられていた。


「フィオーラ無事かいっ⁉」

「……私は大丈夫です。心配をかけてしまいすみません」

「謝るのは僕の方だ。この建物を突き止めていたくせに、手が出せず君を待たせてしまったんだ」


 アルムが天井を突き破る樹木を見つめた。


「あの木で、君が建物のどこにいるかわかったんだ。おかげで君と、無事合流できたんだから―――――」


 この先は容赦する必要は無いね、と。

 アルムがセオドアたちを見ていたのだった。


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