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36話 令嬢は陸で溺れる


 この場から解放してもらうべく、帰宅の意思を告げたフィオーラ。

 セオドアの反応をうかがうと、柔らかな笑みを浮かべていたのだった。


(っ………⁉)


 腕に鳥肌が立つのがわかった。

 セオドアは笑っている。

 笑っているのだが、背筋を冷やす何かがにじみ出ているのだった。


「フィオーラ、君は疲れてしまっているんだ」

「殿下………?」

「教団の人間に毒されて、心が疲れてしまっているんだ。そんな状態では、正しい判断は下せないはずだ」


 ――――――――だからこそ私が保護してあげないとな、と。

 うっそりと笑ったセオドアが、フィオーラの胴体へと回した腕に力を込めたのだった。


「は、放してくださいっ!!」

「駄目だよ。そうしたら君は、汚れた外へと逃げ出そうとするだろう?」

「…………っ………あっ………」


 フィオーラの叫びは声にならず消えていく。

 強く強く。

 セオドアに抱きすくめられ、呼吸が出来なくなっていた。


「っあっ…………………」


 苦しい。息が出来なくて、苦しすぎて涙が滲んでしまった。

 空気を求め喘いでも、胴体を締めあげられ肺が膨らまないのだ。

 窒息へと陥り、視界が暗くなっていく。


(アルム…………)


 かげりゆく意識。

 頬を伝う涙の感触だけを鮮明に感じていたフィオーラだったが、


「っがはっ!! はっ!! っあっ、げほげほっ!!」


 締め付けが無くなり、勢いよく空気が流れ込んできた。

 せき込みながらも、新鮮な空気を得ようと必死に息を吸い込んだ。


(…………死んでしまうかとっ………!!)


 ぜいぜいと喉を鳴らしながら、どうにかまぶたを持ちあげる。

 掌に触れる柔らかな感触。体の下にあるシーツ。

 どうやら解放されるとともに、寝台へと投げ出されたようだった。


「っ、はあっ、はっ……………」

「君はそこでしばらく、体を休めているべきだ」

「っ、殿下っ⁉」


 外界へとつながる唯一のドアを開け、セオドアが佇んでいた。

 

「また君の元へ来るつもりだ。それまでに心と体の疲れを癒しているといい」

「待ってくださいっ!!」


 フィオーラは必死に叫んでいた。

 

「なんだいフィオーラ? この部屋から出してくれという願いは聞けないよ?」

「ノーラはどこにいるんですかっ⁉」

「ノーラ…………?」

「赤毛で、私の実家に勤めていた侍女です!! 彼女は無事なんですよね!?」

「………あぁ。あの平民の侍女のことか」


 セオドアの笑みが一瞬歪んだ。

 忌々しげに眉をしかめていた。


「あの侍女がどうかしたのか?」

「私は誘拐された時、ノーラを人質のようにして脅されたんです。彼女もこの建物かどこかにいるんですよね⁉」

「…………そんなところだ。だが残念だが、会わせてあげることは出来ないな」


 ねばついた視線をフィオーラに向けたまま、セオドアが扉の向こうへと足を踏み出した。


「君が私の求婚を受け入れたなら、あの平民を君の専属の侍女にしてやってもいいよ。私の婚約者に、ゆくゆくは王妃になるのだから、傍付きのものも必要だからな」

「っ…………!!」 


 セオドアの笑みが室外へと消え、扉が音を立ててしまった。


「殿下…………」


 一人取り残されたフィオーラは、閉じられた扉を見つめるしかなかった。

 呼吸を整え、震える足を叱咤する。

 寝台を降り扉へと近づくも、当然ながら鍵がかけられてしまっていた。


「……………」


 ずるずると、扉に背中を預けて座り込む。

 失望と焦り、そしてセオドアから解放された安堵が、フィオーラの中で渦巻いていたのだった。


(怖かった…………)


 呼吸を断たれ死へと滑り落ちていく感覚。

 そのさなかにあってなお、セオドアは笑ってこちらを見つめていたのだった。


(セオドア殿下は…………)


 フィオーラを憎んでいるわけではないのだ。 

 愛の言葉を囁きながら、フィオーラを窒息する程に強く抱きしめてきたセオドア。

 彼が空恐ろしく、同時に生理的な気持ち悪さを感じてしまっていた。


(私への愛を囁いていたけど、殿下は私自身のことは見ていない………)


 セオドアが愛しているのは、彼の理想に当てはまるフィオーラでしかない。

 フィオーラ自身が理想から逸れようとすれば、彼は笑顔で妨害してくるのだ。

 セオドアは口調こそ優しげだが、フィオーラの意見などまるで聞いていなかった。


(…………誘拐犯なんですから、それも当然ですよね…………)


 フィオーラは苦い笑みを浮かべるしかなかった。

 話し合えば解放してもらえるかもなんて、ずいぶんと都合のいい考えだった。


(今の殿下は、アルムとは正反対ですね)


 同じ人間でありながら、フィオーラの考えを聞く気などないセオドア。

 種族が異なるせいで感覚の違いに直面することはあれど、フィオーラや人間の話を聞いてくれるアルム。

 そんなアルムを心配させてしまっている現状に、フィオーラは胸を軋ませた。


「……………これから、私はどうすれば………」


 窓の無い部屋。

 扉には鍵がかけられ、そもそもここがどこなのかもわからなかった。

 王都から外に出てはいないと思うが、それすらも定かではないのだ。

 アルム達はフィオーラを探してくれるだろうが、いつ出会えるかも不明だった。

 

(………もしアルム達と合流できたところで、ノーラを人質に取られたら………)


 光明の見えない状態に、フィオーラは唇を噛みしめたのだった。



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