34話 令嬢は知人と再会し
「セオ様…………?」
信じられない思いで、フィオーラは呟いていた。
部屋へと入ってきた青年は、伯爵領でたまに顔を合わせていた相手だ。
知人というほどもない、顔見知りとしか言えない関係性。
だが、その金の髪に紫の瞳、整った顔立ちは見間違えようもなくセオだった。
「セオ様が、なぜここに? ………それに………」
フィオーラはセオの全身を見た。
上から下まで、一目で上等な仕立てだとわかる服装だ。
首元に飾られた宝石は大粒で、それだけで平民が何か月も食べていけそうだった。
「セオ様はやはり、貴族の方だったのですね………?」
「違うよ。私の本当の名はセオドアと言うんだ」
「セオドア様…………」
この国では珍しい名前では無かった。
なぜ今この流れで、わざわざその名前を名乗ったのか?
疑問に感じたフィオーラだったが、思い当たることがありはっとした。
「セオドア様、いえ、セオドア殿下…………?」
「正解だ。気づいてくれて嬉しいよ」
セオドアとは、この国の王太子の名だ。
フィオーラにとっては雲の上の人物だったが、名前くらいは聞いた事があった。
(まさかそんなことが………!!)
にこやかなセオドアへと、フィオーラはがばりと頭を下げる。
「殿下に対して無礼な口をきいてしまい、申し訳ありませんでしたっ!!」
「気にすることはないさ。私だって正体を隠していたんだからね」
「…………ありがたいお言葉です」
「顔をあげてくれ。そんなにかしこまることはない。君は私の婚約者になるんだからね」
「…………え?」
聞き間違いだろうか?
恐る恐る、フィオーラはセオドアを見上げた。
「セオドア殿下は今、なんとおっしゃったのですか?」
「君をこれから、婚約者にするつもりだと言ったんだ」
「…………ありえません」
「どうしてだい?」
あくまでにこやかに、セオドアがフィオーラに尋ねてきた。
「…………私は伯爵家の娘で、母親は平民です。物知らずで、特技と言えるものだってありません。どう考えても、セオドア殿下の婚約者には不釣り合いです」
「君は謙虚だが、一つ嘘をついているね?」
「そんなことは――――――」
「次代の世界樹の主になったんだろう?」
「‼」
フィオーラは一歩後ずさった。
世界樹であるアルムの主であるという、ごく限られた人間しか知らないはずの事実。
セオドアがその事実を知っているということはきっと、
「やはりセオドア殿下が、私の誘拐を指示したお方なんですね………?」
「誘拐だなんて人聞きが悪いな」
セオドアが眉をしかめていた。
しかしそれも一瞬で、すぐさまにこやかな表情を取り戻す。
「フィオーラ、君は教団の人間にいいように丸め込まれているんだ。あのまま教団に居続けたら、力を利用されるだけ利用されるだけに違いない」
「……そんなことは、無いと思います」
教団の人間全てが信用できないのは事実だが、フィオーラは頷くわけにはいかなかった。
「私が教団の方と行動を共にさせて頂いたのは、自分で決めた選択です。無理強いされたわけでも、脅迫されたわけでもありません」
「全て君の意志だと?」
「はい。ですから―――――――」
私をこの部屋から出してください。
そう口にしようとしたフィオーラを、セオドアがぐいと抱き寄せた。
「セ、セオドア殿下⁉」
思いがけない行動につい反応が遅れ、抱きしめられる形になってしまっている。
密着する体温に嫌悪感を感じ、フィオーラは口を開いた。
「離してくださいっ!!」
「落ち着いて、フィオーラ。君が辛かったのは、よくわかっているんだ」
セオドアの腕の力が強まった。
王太子である彼を無理に振り払うことも出来ず、フィオーラは身を固くするしかできない。
「君が教団の言いなりなのは、実家から逃れるためだろう。かわいそうなフィオーラ。今まですっと、必死に耐えていたんだろう?」
「セオドア殿下………」
困り果て、フィオーラはセオドアを見上げた。
彼の言葉通り、教団に身を寄せた理由の一つが、実家から離れるためなのは本当だ。
しかし今は実家より、セオドアの抱擁から離れたいところだった。




