32話 令嬢は王都にたどり着き
「ここが王都ですか………」
馬車の窓から見えるのは、王都を囲む城壁だ。
フィオーラ数人分の高さはあるであろう城壁。
その城壁越しに、更に背の高い建物がひしめいているのが見えた。
王都ティーグリューン。
5日間の馬車の旅を経てたどり着いた王都は、この国最大の都市でもあった。
「きゅい‼ きゅっきゅ、きゅきゅきゅいっ⁉」
興奮したようにいたちの精霊が鳴き声をあげ、座席の上でくるくるとその場を回っていた。
フィオーラも気持ちは同じだ。
窓の外では多くの人々がひしめき、活気とざわめきが馬車の中にまで伝わってくる。
まるで祭りの時のような光景だが、王都では至って普通の日常らしい。
数えきれない程の人間が、日々の生活を過ごしているのだった。
(すごい人の数。酔ってしまいそうですね…………)
そんなフィオーラの心配は、馬車が進むと晴れることになった。
王都の中にある城壁をくぐると、ぐっと人の出が少なくなってくる。
限られた人間しか出入りできない区域に入ったからだった。
王都は3重の城壁によって構成されており、最外周部が平民の区画、二番目が貴族や豪商などの区画、そして一番内側の城壁の中にそびえたつのが、この国の王城となっていた。
貴族らの邸宅を通り過ぎると、フィオーラ達の目的地がそびえたっている。
この国の神官たちを取りまとめる、千年樹教団の大拠点だった。
(すごい立派な建物………。これが王城だと紹介されたら、信じてしまいそうですね)
17年間伯爵領で育ってきたフィオーラにとっては驚きの連続だ。
いたちの精霊とともに、お上りさん丸出で、窓の外の景色に釘付けになっていたのだった。
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教団の王都支部へと迎え入れられたフィオーラはまず、服を着替えることになった。
旅の途中も、贅沢に湯を使い身ぎれいにしていたが、移動の際に服はよれてしまうものだ。
高位神官の前に出るには失礼にあたると言われ、急遽着替えが用意されたらしかった。
「フィオーラ様、こちらへどうぞ」
案内されたのは、奥まった場所にある小さな一室だ。
出入口は一か所で、右手の壁に作り付けらしい大きな棚が備えられていた。
(この広さだと、私一人で手狭ですね………)
フィオーラはアルムを見上げた。
「すみませんが少し、部屋の前で待っていてもらえませんか?」
「………そうしよう」
仕方ないといった様子で、アルムが狭い部屋の中を見ていた。
入口が一つしかない以上、扉の前で待機していれば問題ないと判断したらしい。
「では、失礼しますね」
扉を閉めると、フィオーラは小部屋に一人きりになった。
いたちの精霊は今、教団の建物の外周を駆け巡っているはずだ。
馬車から降りるや否や、興味津々と言った様子で駆けだしていったのだった。
(精霊さんの、尻尾を振りながら歩き回る姿、かわいかったですね……)
思い出すと唇が緩んだ。
精霊たちの中では長男となるいたちの精霊だが、まだ生まれて一月もたっていないのだ。
目に映る全てが新鮮で、初めての王都にも興奮しているようだった。
祭りの日にはしゃぐ子供のようないたちの精霊をほほえましく思いつつ、手早くドレスを脱いでいく。
くるみボタンを外そうと、背中に手を伸ばしたところで、
「っ⁉」
口元へと、布が覆いかぶさっている。
とっさに叫ぼうとするも、布にはばまれ立ち消える。
(何っ⁉ どうなってるんですかっ⁉)
気づけば背後から、誰かに襲いかかられているようだった。
猿轡を噛まされ、手を動かせないよう太い腕で押さえつけられていた。
(助けをっ!! アルムに知らせないとっ!!)
どうにか手足をばたつかせ、大きな音を出そうとするフィオーラだったが、
「大人しくしろ。ノーラがどうなってもいいのか?」
「‼」
小声での恫喝と共に、目の前に一本のリボンが差し出される。
見覚えのある色と模様。
ノーラが髪をくくっていたものだ。
(ノーラがっ⁉ 誰がっ⁉ それにどうしてここにっ⁉)
頭の中が、混乱と恐れで埋め尽くされる。
動きが鈍ると、背中へと回された手首に痛みが走る。
フィオーラが抵抗できないよう、縄で縛られたようだった。
「よし。そのまま大人しくしていろ。もっとも、もう動けないはずだがな」
気づけば足にも、自由を奪う戒めがされていた。
ノーラのリボンにフィオーラが動揺していたとはいえ、あまりに素早い拘束だ。
突然の襲撃、正体不明の相手だが、荒事になれた人間なのは間違いない。
「上手くいったようだな」
「あぁ。ずらかるとしよう」
気づけばもう一人、小声をあげる襲撃犯が増えていた。
いつの間に、と。
狭い部屋を見回すと、大きな棚の背板が開き、隠し扉になっていたようだった。
(ま、待ってください。つまりこれって、教団の中にも協力者がいるってことですよね……?)
直接的な暴力とは別の恐れが、フィオーラの背を震え上がらせた。
口をふさがれ助けは呼べず、手足も既に動かせない。
なすすべもないフィオーラを、襲撃犯たちが連れ去っていったのだった。