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29話 令嬢は痣について考える


「お願い、ですか………。内容をお聞きしても?」

「まず一つ目は、王都に旅立つ前に一度、ザイザ君のお母さんと村の様子を確認しにいきたいんです」


 なりゆきとはいえ、フィオーラが関わることになった人たちだ。

 無事に傷が癒えそうかどうか、この目で見ておきたいところだった。


「わかりました。手配をいたしたいと思います。……もう一つの願いはなんでしょうか?」

「伯爵邸に勤める侍女、ノーラに関することです」


 ずっと気がかりだった、赤毛のノーラのことだった。


「ノーラは私に優しくしてくれていましたが、そのせいでミレア様達に目を付けられていたんです。私が伯爵邸に帰らなかったら、ノーラに迷惑がかかるかもしれません。彼女が望むなら、伯爵邸ではなく別の場所で働けるよう、良い働き先を紹介していただけませんか?」

「侍女の転職斡旋ですか…………」

「………難しいでしょうか?」

「いえ、違います。ちょうどいい機会だなと思ったんですよ」

「いい機会………?」

「きゅいきゅきゅいっ?」


 フィオーラがわずかに首を傾げると、肩に乗る精霊も首を傾けていた。

 鳴き声もなんとなく、フィオーラの発音を真似しているようだった。


「フィオーラ様が昨日生み出した薔薇は、黒の獣を消滅させていましたよね?」

「はい」


 答えつつ、それがどうノーラの転職へと繋がるのか謎だった。

 

「フィオーラ様にも知っていただきたいのですが、それは本来とんでもないことです。衛樹は黒の獣を遠ざけますが、衛樹に直接黒の獣が触れたところで、即座に消滅することは無いはずなんですよ」


 ハルツ司教の視線が、精霊へと向けられていた。


「そのことを鑑みると、フィオーラ様の生み出した薔薇は精霊様と同じかそれ以上の、我々人間にとって計り知れない可能性を秘めた宝物。平民であれ貴族であれ、到底個人の手には負えない代物です」

「貴族であっても………」


 思い出す。

 フィオーラが最初に薔薇を生み出したのは伯爵邸の庭だ。

 ほんの四日前の話だが、激動の毎日のせいで、ずいぶんと昔のような体感だった。


「私が伯爵邸に生やした薔薇を、義母様達の管理に任せるわけにはいかない、ということでしょうか?」

「…………彼女たちに任せた結果、もし枯らされてしまったら取り返しがつきませんし、情報が漏れ薔薇の価値を知られた結果、不埒な盗人が現れる可能性も考えられます」


 盗人。

 本来は外部からの侵入者を指すはずだが、ハルツ司教の言いたいのはそれだけではない気がした。


(義母様やミレア様達が、薔薇を盗んで売りさばこうとするかもしれませんね………)


 あの二人ならやりかねないと思えてしまうのが、身内として残念なことだった。

 豪勢に金貨を使っていた義母たちのせいで、伯爵家の財政は思わしくないはずだ。

 財政の元となる伯爵領は特別大きな産業も無い土地柄だ。

 借金とまではいかなくても、いつまでも贅沢できる経済状況では無いのは間違いない。


「伯爵邸には厳重な警備が必要ですが、失礼ながら今のフィオーラ様の実家に、警備の人手をまかなえるだけの余裕があるようには思えません」

「ハルツ様のおっしゃる通りだと思います。伯爵邸の警備はわが家の代わりに、教団の方が行ってくれるということでしょうか?」

「そうさせていただけるとありがたいです。薔薇の所有権はあくまでフィオーラ様のもの。その薔薇が不当な被害にあわない様、代わりに見守らせていただきたいと思います」

「僕も彼の意見に賛成だな」


 黙って会話を見守っていたアルムが、するりと会話に加わってきた。


「あの薔薇は簡単に枯れることは無いとはいえ植物だから、火をかけられてしまったら一たまりもないからね」


 残念ながら僕とは違ってね、と。

 さらりとアルムが言ってのける。


「フィオーラが伯爵邸に留まる気が無いとはいえ、だからといってあのミレア(がいちゅう)達に薔薇の世話を預けるのは論外だ。それくらいならまだ、教団に管理を任せた方がずっとマシさ」


 アルムの言葉は毒舌なものの、方向性はフィオーラの考えと同じものだった。


「わかりました。薔薇の管理は教団の方にお任せしたいのですが、私が最初に薔薇を生やしたのは伯爵家の土地です。そのことを盾に、義母様やミレア様が薔薇の所有権を主張したら、どうなさるおつもりですか?」

「問題ありません。我々教団は、衛樹や世界樹の生み出したものに関して、優先的に関わる権利を持っております。それにもう一つ、ミレア様達はこちらの条件を呑んでくれる理由があります」

「理由?」

「ミレア様の痣です」


 フィオーラは昨日のミレアの様子を思い出した。

 彼女の腕の痣はアルムの力の一端。

 つまりフィオーラにも責任があるわけだった。


(先に手を出してきたのはミレア様ですし、こちらが悪かったと、謝るのも違うと思いますが……)


 だが、痣は痣として残り続けるのだ。

 体に痣を残される苦しみは、フィオーラ自身が嫌というほど知っていた。

 自分の行動が巡り巡って、誰かの体に爪痕を残してしまったという事実に。

 相手がミレアであっても、どこか苦い気持ちになってしまうのだ。


「ミレア様の痣は自業自得です。フィオーラ様が思い悩む必要はありませんが………。簡単に割り切れるものではないでしょうから、妥協案とでも言うべきものがあります」

「妥協案………」

 フィオーラは考え、やがて思い至りはっとした。

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