27話 令嬢は光合成の対象になる
「んっ…………」
フィオーラが喉を震わせると、頬に柔らかな毛並みが触れてきた。
「………くすぐったい………」
顔に当たっているのは、枕元で添い寝する精霊の尻尾だ。
もふもふ、ふわっ、もふもふ。
気ままに揺らされる尻尾の柔らかさに感動しつつ、フィオーラは瞼を持ち上げた。
「精霊さん、おはようございます」
「きゅいっ‼」
「おはよう。よく眠れたかい?」
返ってきた挨拶は二つだった。
身を起こしたフィオーラの肩に、さっそく駆け上がった精霊と。
今日も同じ部屋で過ごすアルムだった。
「おはようございますアル―――――――」
フィオーラの言葉がかき消えた。
(綺麗…………)
透明度の高い朝の光が、アルムの輪郭を輝かしていた。
白銀の髪は光を紡いだ糸のように。風にそよいで揺れていた。
差し込む朝日に、宝石のような緑の瞳が煌きどきりとする。
開け放たれた窓辺に佇むアルムは、声をかけるのが躊躇われるほどに美しい姿だった。
「どうしたんだいフィオーラ?」
「…………なんでもないです」
我に返ったフィオーラは、誤魔化すように両腕を振って否定した。
「アルムはそこで、何をしているんですか?」
「光合成だよ」
「…………コウゴウセイ?」
何か神聖な儀式だろうか?
聞きなれない言葉にフィオーラが首を傾げると、もふさらとした尻尾が頬をくすぐった。
「あぁ、今の人間社会では失われた知識の言葉かな?わかりやすく言うと、そうだな………。日向ぼっこであり食事だよ」
「…………日の光にあたっていたんですね」
フィオーラは納得した。
コウゴウセイと言う言葉は知らないが、植物が育つのに光が必要なのは知っている。
朝日を浴び聖なる雰囲気さえ漂わせていたアルムの姿も、彼にとっては日課の食事のようなものなのかもしれなかった
「アルムは毎日、太陽の光を浴びないと動けなくなるのですか?」
「試したことは無いけど、数十日は大丈夫なはずだよ。ただ、日の光を浴びるとすっきりするのもあるから、自然と引き寄せられていくんだ」
「きっと人間が、料理の匂いに吸い寄せられるようなものですね」
陽の光を求め、自然と体が動くと告げるアルム。
ひまわりのようだなと思い、身近に感じたフィオーラが微笑んでいると、
「アルム………?」
距離が近かった。
窓辺を離れたアルムが、フィオーラの横へと移動してきている。
「アルム、どうしたんですか?」
「フィオーラ、笑ったね」
「………はい」
特に意識することも無く、フィオーラは自然と笑顔を浮かべていた。
昨晩、多少やりすぎたものの衛樹の力を復活させ、肩の荷が下りていたのもあったが、
(それだけじゃ、ないですよね…………)
ここのところ数年間、フィオーラが浮かべた笑いの多くは、ミレア達への服従を表わすものでしかなかった。
他にはメイドのノーラに感謝の気持ちを伝えるため笑うくらいで、人前では無表情か怯えていたのがほとんどだった。
今のように、気づいたら穏やかな気持ちで笑っていたというのは、もう久しく覚えの無い体験だ。
「アルム、ありがとうございます。アルムがいてくれるおかげで、私は笑えるんだと思います」
「…………………」
「アルム?」
無言のままアルムが、更にフィオーラへと近づいてくる。
深く澄んだ緑の瞳を囲む、長いまつ毛の本数さえ数えられそうな程だった。
「もしかして私、寝癖やよだれがついていますか?」
「光合成だよ」
「…………?」
「光合成のため日光を求めるみたいに、フィオーラの近くにいきたいと感じたんだ」
「近くに…………」
フィオーラがアルムの主だからだろうか?
アルムは視線を逸らすことも無く、真っすぐな瞳でフィオーラを見つめていた。
間近に迫ったアルムの瞳に、フィオーラは慌てて身を引いていく。
引いた分だけ、一歩二歩とアルムが距離を詰めてきた。
「なぜ遠ざかるんだい?」
「それは…………」
何故なのかは、フィオーラにもよくわからなかった。
余りにも近くで、人ならぬ完全な美しさを備えたアルムに見つめられ、恥ずかしくなったのかもしれない。
「そ、そうです!! 私は服を着替えなければいけません。悪いですけど、少しの間部屋の反対側に行って、こちらを見ないでいてもらえますか?」
「…………わかったよ」
少しの間を置いて、アルムが頷いたのが見えた。
アルムが精霊へと腕を伸ばすと、その腕を伝い肩へと精霊が移動していく。
「フィオーラがいいと言うまでこっちで待っているから。急がず着替えるといいよ」




