22話 令嬢は成長を知る
「………何をふざけたことをおっしゃっているのかしら?」
苛立ちを隠すこともせず、ミレアがハルツ司教に問いかけた。
「フィオーラは私の妹よ。姉が妹と一緒に自宅に帰るのは、当たり前のことでしょう?」
「………お二人はとても、慕い慕われるのが当たり前のご姉妹には見えませんよ」
「だから何よ⁉ 家庭の事情に口出しする気⁉」
「そのつもりはありませんが、フィオーラ様は17歳と聞いています。成人の彼女が、自らの意志で帰らないと言っている以上、あなたに無理強いする権利はありません」
「あぁもう‼ へ理屈ばかりでまどろっこし――――――――えっ!?」
唾を飛ばし怒鳴りつけるミレアの顎へと、アルムが指先を添えた。
指で顎を持ち上げられ、美しいアルムに正面から見つめられたミレアは、彼へと抱いていた恐怖も忘れ頬を赤くしている。
「なによ…………? 綺麗な顔で、私に媚びるつも―――――――」
「右?それとも左がいいかい?」
「はい?」
ぽかんとするミレアへ、アルムは温度を感じさせない笑みを浮かべている。
「これ以上フィオーラにまとわりつくなら、僕の力で顔に薔薇を生やしてあげようか?」
「ひっ⁉」
「顔の右半分がいいか、左半分がいいかは、君に選ばせてあげるよ」
アルムは本気だ。
ミレアにもそれが理解できたらしい。
顔色を無くし後ずさると、逃げるように歩き出す。
「っ、調子に乗らないことね。妙な力を持つ頭のおかしい男をたらしこんだみたいだけど、すぐに罪を暴かれるはずよ」
ミレアはすれ違いざまに、フィオーラに毒づくのを忘れなかった。
フィオーラが言い返す暇もなく、小走りで建物を出て行ってしまったのだった。
「…………その、義姉がお騒がせして、申し訳ありませんでした…………」
時期外れの嵐が去った後のように。
気まずくなったフィオーラが口を開くと、ハルツ司教もミレアへと硬くなっていた表情を緩めた。
「フィオーラ様は本当、ご家族に苦労されてるんですね」
フィオーラを労るように微笑むハルツ司教。
彼へとフィオーラは、一つ気になっていたことを聞いてみることにした。
「ミレア様との会話で少し気になっていたのですが、ハルツ様は貴族のご出身なのですか?」
先ほどミレアは、サイラスのことを平民育ちだとこき下ろしていた。
その際の口ぶりから、なんとなくだがハルツ司教は、平民出身ではなさそうな雰囲気だったのだ。
「えぇ、そうですよ。私がこの年で司教にまでなったのは、吟樹師の才に加え、出が貴族だと言うのも大きいからですね」
自嘲するように微笑むハルツ司教だが、その表情は品がある。
生まれが貴族なら納得だと、フィオーラは思ったのだった。
「そうだったのですね。貴族の出なのに、人々のため教団の門をくぐって、ご立派だと思います」
「ありがたいお言葉ですが、私はそんな大層な人間ではありませ―――――――――」
「おいハルツ‼ どういうことだ⁉」
詰問の声が、ハルツ司教の言葉をかき消した。
サイラスだ。
走り寄ってきた彼にぎろりとにらまれ、フィオーラは思わず背筋を正した。
「君がフィオーラだな?」
「は、はい。何でしょうか?」
「教区長から、君に衛樹のことを任せることにしたと聞いたが、本当なのか?」
「…………できる限りのことは、させてもらいたいと思います」
衛樹を任せてくれと、フィオーラが言うことは出来なかった。
(我ながら、頼りない返答ですね…………)
いきなりやってきたみすぼらしい小娘の自分が、この教団支部の要である衛樹を任せられたのだ。
信用されなくて当然だし、サイラスは気の短そうな青年だった。
不審がられ怒鳴られるかもと、フィオーラは一人身構えた。
「君に、衛樹の力を蘇らせる力があるのか?」
「…………おそらくですが、どうにかなると思います」
「その言葉、嘘では無いな?」
「はい、がんばりま―――――――――きゃっ⁉」
突然サイラスの体が傾ぎ、フィオーラに向かって倒れ掛かってきた。
「危ないな。フィオーラに何をするんだよ?」
サイラスの体を軽々と、アルムが一人で支えている。
細身に見えたアルムだが、力は結構あるようだ。
アルムに抱えられたサイラスは、言葉を発することもなく頭をうつむけていた。
「サイラス様?」
くぅくぅと。
返ってきたのは寝息だけだった。
(眠ってる…………。寝不足だったのかしら?)
閉じられた瞼の下には、色濃くクマがあるのが見えた。
アルムに支えられ、気絶同然に眠り込んでいるようだ。
「アルム、ありがとうございます。おかげで、私もサイラス様も怪我をすることなく、助かりました」
「どうってことないよ。本当はこの男は避けて、君だけを引き寄せても良かったけどね」
あっさりと言いつつも、アルムはサイラスをしっかりと支えていた。
その様子に、フィオーラは心が温かくなった気がする。
(私に対してだけじゃなく、他の人間に対する気遣いも、アルムは獲得しだしてるのかもしれませんね)
フィオーラ以外に対してはそっけなく、時にミレアに対するように躊躇なく冷酷に振る舞うアルム。
だが彼は決して、冷たい性格では無いようだった。
(人の姿をとって日が浅いせいか、人間とは感覚が異なり驚かされることも多いですけど……)
アルムの見せた他者への思いやりに気づいたフィオーラは、唇をゆるめたのだった。