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21話 令嬢は義姉を恥じる


 甲高いミレアの叫び声が、廊下の曲がり角の向こうから聞こえた。

 彼女との接触を避けようとするフィオーラだが、周りを見て思いとどまる。

 この支部の教区長に挨拶に行ったハルツを、教区長の部屋の前で待っているところだった。

 無暗に別行動するのを躊躇っている間に、声がどんどんと近づいてくる。


「あなた、私の話を聞いてるの⁉ さっさとこの痣を治しなさいよ!!」

「今は無理だ。他を当たってくれ」

「何よ⁉ これっぽっちの代金じゃ不満だって言うの⁉」

「順番を守れと言って―――――――――」


 廊下の曲がり角からミレアと、教団の人間らしい青年が現れる。

 目の下にクマを作った青年へと叫んでいたミレアの目が、フィオーラを見て固まった。


「っひっ⁉ フィオーラに化け物男っ⁉」

「失礼だな。人でなしなのは君の方だろう?」


 怯え叫んだミレアへと、アルムが皮肉気に言い返す。

 辛辣な言葉に、ミレアがフィオーラへと食い掛る。


「フィオーラ‼ あんた何考えてるのよ⁉ 得体のしれない無礼な男を私に近寄らせて、ただじゃおかないわよ⁉」

「………ミレア様、落ち着いてください」


 ミレアの方から歩いてきて突っかかってきたのに理不尽だ。

 そう思いつつ、フィオーラがミレアをなだめようとしていると、ミレアと会話を交わしていた薄青の髪の青年が冷ややかに見てきた。


「君はこの女の身内か?」

「義理の妹です。…………義姉がお騒がせしてしまい申し訳ありません」

「ふん、妹の方は話が通じるようだな。さっさとこのやかましい女を伯爵邸に連れて帰ってくれ」


 フィオーラにミレアを押し付け、踵を返そうとする青年。

 その背中に、教区長での挨拶を終えたハルツ司教が叫びかける。


「サイラス‼ 久しぶりですね!! 今お話いいですか?」

「…………ハルツ?」


 青年はハルツ司教の知り合いで、サイラスという名前らしかった。


「ハルツ、おまえいきなり何故ここに? 教区長に呼び出されたのか?」

「少し用事があって来たんです」

「そうか。悪いが俺は忙しいんだ。またな」


 旧交を温めることも無く、そっけない態度でサイラスは去っていった。

 その背中に追いすがるように、ミレアが叫び声をあげる。


「私を見捨てるの⁉ 聖職者として恥を知りなさいよ!!」

「ミレア様、お静かに。祈りの場を乱すことはおやめください」


 注意したハルツ司教へと、ミレアが食いかかった。


「ハルツ司教からも言ってやってください!! サイラスが、私の腕を治すのを拒んだんです!!」

「その痣の治癒が目的ということは、今日いきなり押しかけてきたのでしょう? サイラスの治癒の術を受ける順番を守らず、横入りするのはおやめください」

「大金を積んでやったのよ⁉」

「…………金の力が頼みですか」


 憐れむようにハルツ司教が見ると、ミレアが顔を赤くする。


「っ、それだけじゃありませんわ!! 私は伯爵令嬢よ⁉ 平民出身のサイラスが逆らっていいと思ってるの⁉」

「…………聖書の第8章の4節をご存知ですか?」

「何よいきなり⁉ 煙にでも巻くつもり⁉」

「ミレア様、おやめ下さい」


 ミレアに絡まれたハルツ司教に申し訳なく思いつつ、フィオーラは口を開いた。


「『千年樹教団が仰ぐのは世界樹において他になし。王侯貴族であろうと聖職者がへりくだることは無い』と、聖書の第8章4節に書かれていたはずです」


 昔、フィオーラの母親が教えてくれたことだ。

 物知らずなフィオーラさえ知っている、千年樹教団の基本理念。

 無知を晒すミレアが、ハルツ司教に迷惑をかけるのが恥ずかしかった。


「何よ生意気ね!? そんなの建前に過ぎないじゃない!!」

「そう思うなら、お引き取り下さい」


 ハルツ司教が口を開く。

 いつもは穏やかな彼が、無表情で静かにミレアを見下ろしていた。

 

「私たちは悩める人間に門戸を開いていますが、全てを受け入れるわけではありません。あなたが今どれだけ喚こうと、治癒の術の順番に横入りすることは出来ませんから、お帰り下さい」

「…………っ!!」


 これ以上なくはっきりと拒絶され、ミレアが唇を噛みしめていた。

 爆発寸前のミレアが、どうにか声を絞り出す。


「…………わかりましたわ。今日は引き下がってあげます。フィオーラ、さっさと帰るわよ」


 ミレアの腕が、懐をまさぐるように動かされる。

 いつもフィオーラをぶっていた鞭を隠し持っている場所だ。

 苛立ちとうっぷんを、自宅に帰ってフィオーラで晴らそうとしているようだった。


「ミレア様、私は用事があるので帰りません」

「口答えするのっ⁉」


 フィオーラへと詰め寄ろうとするミレアの前に、ハルツ司教が立ちふさがる。


「ミレア様、フィオーラ様は今、我が教団が保護させていただいています。フィオーラ様本人が伯爵邸に帰ることを望んでいない以上、お帰しするわけにはいきません」


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