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15話 令嬢は懇願される


 ハルツ司教からの問いかけに、フィオーラはどう返答すべきか思い悩んでいた。


(ハルツ様にはよくしていただいているけど、素直に全てを、話してしまっても大丈夫なのかしら……)


 アルムが次代の世界樹であること。

 フィオーラがアルムの主であること。

 

 フィオーラ自身も最初信じられなかった話だが、ハルツ司教に信じてもらえたとしても、その後どうなるか予想がつかないのが問題だ。

 先ほど、この部屋でアルムと二人でいた間に、今後どうするかも考えていたが、まだ答えは出ていなかった。

 

「フィオーラ様、そのように悩まなくても大丈夫ですよ。問いかけておいてなんですが、実は私には、アルム様について、一つ心当たりがあるんです」

「え……?」

「アルム様はこの世界をお守りくださる、世界樹様の化身では無いのですか?」

「!!」


 アルムの正体を言い当てられ、フィオーラは思わず固まった。

 どうして、という戸惑いと。

 ハルツ司教は千年樹教団の人間なのだから、世界樹について何か情報を握っていて、アルムの正体に勘づいたのかもしれないと、そんな推測が思い浮かんだ。


「……はい。ハルツ様のおっしゃる通り、アルムは人ではありません。世界樹が人の姿を取っているそうです」


 これ以上、言葉を濁すのもためらわれ、フィオーラは素直に答えた。

 誤魔化したところで、すぐ看破されそうな予感がしたし、関係を悪化させたく無かったからだ。


「ありがとうございます。よくぞ、まだ初対面も同然の私に、秘密を打ち明けてくださいました」

「こちらこそ、ありがとうございます。ジラス司祭の誤解を解いていただき、こうして部屋と服まで与えていただいたのに、隠し事をしようとしてしまい、すみませんでした……」


 フィオーラが罪悪感を覚え謝ると、ハルツ司教が首を横に振った。


「フィオーラ様が謝る必要は、全くありませんよ。むしろおかげで、私は安心できたくらいです」

「……どういうことでしょうか?」

「もし、フィオーラ様が何のためらいもなく、アルム様の正体を他人に教えてしまうようでしたら、どうしようかと思ってしまいましたからね」


 ハルツ司教の答えに、アルムが片方の眉を跳ね上げた。


「ふーん、君、フィオーラのことを試してたんだ。いい性格してるね?」


 どうやらアルムも、フィオーラと同じ考えに思い至ったようだった。


(ハルツ様は既に、アルムの正体に勘づいていらっしゃったはず。なのに、わざわざ私に聞いてきたのは、私がどう反応するかを確認したかったということですね……)


 ハルツ司教は物腰穏やかで、悪い人間には見えなかった。

 だが、伯爵邸でとっさにジラス司祭を庇おうとしていたあたり、頭の回転は速く機転も利くはずだ。


(良い人間であることと、企み事をする人間であることは両立する……)


 昔、母が生きていた頃に、フィオーラに教えてくれた言葉だ。

 当時のフィオーラは幼く、その言葉の意味を理解できなかったが、今はっきりと実感していた。

 

「フィオーラ様、すみませんでした。試すような真似をして、不快になられてしまったかと思います」

「いえ、大丈夫です。ハルツ様の試しは、私を心配してくださってのことだったんでしょう?」


 フィオーラは小さく微笑んだ。

 もしフィオーラが、躊躇うことなく迂闊に、アルムの正体を教えてしまうような人間だった場合。

 ハルツ司教はその不注意さを咎め、諭そうとしたに違いない。


(今でも信じられないけど、私は世界樹であるアルムの主になってしまったんだもの。うっかりそのことを明かして回ったら、大きな波乱を呼んでまずいことになるのは、私でもわかるものね……)


 ハルツ司教はそれこそ、フィオーラに甘い言葉だけを囁いて、利用することもできたはずだ。

 なのに、素直にフィオーラを試していたことを認め謝罪する彼は、悪い人間ではないはずだった。


(ハルツ様には、こちらへの敵意や悪意は感じられないもの……)


 長年、ミレア達に虐げられてきたせいで、フィオーラは他人の視線や顔色に敏感だ。

 情けない特技だが、おかげでハルツ司教に敵意が無いことは実感できて、少し安心できたのだった。


「フィオーラ様……。これはもしかして、私が思うよりずっと、」


 聡明な方かもしれない、と。

 そう小さく呟いたハルツ司教の言葉は、フィオーラへは聞こえていなかった。


「ハルツ様、何かおっしゃいましたか?」

「いえ、独り言です。フィオーラ様は今まで、家庭教師をつけられたことはございませんよね?」

「はい……」


 恥ずかしくなり、フィオーラは少し縮こまった。

 世間知らずなのは自覚しているし、同年代の令嬢と比べて、知識も教養も足りないのも歴然だ。


「母が生きていた頃に、読み書きだけは教えてもらえましたが、勉強といえるようなことは、それくらいだと思います」

「……読み書きを、侍女で平民のお母さまから?」

「はい。簡単なものだけなので、伯爵家の娘としては、落第ものだと思いますけど……」


 物知らずな自分に、ハルツ司教も失望してしまったのだろうか?

 フィオーラが申し訳なくなっていると、ハルツ司教が慌てた様子で首を振った。

 

「引け目を感じる必要はございません! 適切な教育を受けられなかったせいなのですから、フィオーラ様は何も悪くありません。もしよければ今後、フィオーラ様の持つ才を伸ばすため、教師をつけさせていただきたいのですが、どうでしょうか?」

「……ありがとうございます。ですが……」


 少しためらいつつ、フィオーラは口を開いた。


「ハルツ様達は私とアルムを、この先どうするおつもりなのでしょうか?」

「……そうでしたね。すみません。説明とお願いをするのが先でしたね」


 アルムとフィオーラを交互に見、ハルツ司教が真摯に言葉を紡いだ。


「次の世界樹であるアルム様、そしてアルム様の主であるフィオーラ様。お二方のお力を、私どもに貸していただけないでしょうか?」


 

 

 

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