第83話
メリダ村の季節は秋。楓の葉も少し赤く色付き始めた。
五人組の冒険者が出て行って三日。毎日ちょうど二組ずつの客があり、程々仕事のある日々が続いていたが、昨日は客が途切れた。
色々と気になる事はあったけれど、不安や恐れに日々の幸せを侵食されるのも悔しい事だ。
「よし、今日こそ探索に行こう。ハンナ、ビリー、行くぞ……ビリー?」
大好きな探検に誘っているというのに。ビリーは五人の山賊亭の暖炉の前で丸まっている。
「なんなのこの寒さ……今日何かおかしいぞ……」
確かに今日は秋にしては相当冷え込んだと思う……ゼノン婆もテラスではなくリビングに居る。
「お父さん! 雪だよ!」
外でハンナが言った。
俺も外に出てみると……おお、確かに。季節外れの雪だ。まだ早いよなあ、少し積もりそうな勢いで降って来た……さすがにまだ根雪にはならないだろうけど。
「念の為源泉がある場所にもう少し目立つ印をつけに行こうか」
動けそうにないのでビリーは置いて行く事にした。俺は代わりに毛糸の篭で温まっていたアズサを摘み上げ、懐に入れる。
「キィー! キイー!」
まあそう言うな、念の為付き合っておくれ。それからハンナと厩へ向かう。ハンナの乗馬の練習も兼ねよう。もう外で乗っても大丈夫なレベルだと思う。
「お父さんは兜はいいの?」
ハンナは俺の手製の兜を被りながら言った。
「うーん、まあ初心者は絶対被ってた方がいいから。じゃあ、ゆっくり行こう」
雪はしんしんと降り積もる……今日は鳥の声もあまり聞こえない。
ふと懐のアズサを見ると、何だ、もう寝てやがる。
「かなり地面が白くなって来たね……」
「もう根雪になるなんて事ないよな?」
「そんな事になったら大変だよー。まだまだ暖かい日が来ますように……あっ……ゼノンさんに天気予報聞いておけば良かった!」
今、ゼノン婆に聞きたい事はたくさんある。だけどどうもゼノン婆の方はそれを言いたくないらしい。そのせいかな……些細な事をゼノン婆に聞き辛くなったような気がする。こういうのは良くないな。天気なんか聞いても問題ないはずだ。
俺達は温泉の流れを見つけた場所に目印を置いて行く。そのへんの枝を組み合わせて結んだり、丸太の切れ端を立てたり。雪が積もっても見つけやすいように。
季節はずれの雪は結構な勢いで降り続ける。印もつけ終わったし、今日はもう帰った方がいいかな。
「お父さん! あれ……」
ハンナに呼ばれ、俺は振り返る。ハンナが指差している先には……おかしな光景が広がっていた。
森の中の一箇所だけ。直径5m程の円の中だけ雪が積もっていない。それどころかそこだけ、春の野の花のようなものまで咲いている。
俺とハンナは馬を降り、そこへ行ってみた。
「お父さん……ここだけ暖かいみたい」
「温泉の地熱かな?」
雪はこの円の中にも降っていたが、この暖かさに触れて融けているようだ。
ハンナは円の中心部に屈みこむと、何かを拾い上げた。
「お父さん」
「水晶かな……」
ハンナの手のひらには、水滴型の小さなピンク色の水晶があった。この暖かさはここから来ているような気がする。
「あ……」
俺は懐を探る……アズサ……いや、これじゃない。地図だ、ゼノン婆から貰った地図。
「ハンナ、この地図本当はここだったんじゃないか?」
「あっ! 本当! ここだとぴったり合いそう」
婆さんが言ってた宝って本当はこれだったのか。
しかしこれは……雪が降らなかったら解らなかったろうなあ。




