第四話
ドラゴンはそれ以上襲って来る事なく、どこかへ飛び去って行った。
生き残った村人達は、負傷者の手当てと平行してまず火を消し、次に犠牲者を収容して行った。勿論俺も手伝った。
「一体、何が起きたというんだ……」
村人達は、ただただ途方に暮れていた。
村がドラゴンに襲われた。それは大変な出来事だ。
だが村にドラゴンに関する知識を持つ者は誰も居なかった。ドラゴンという呼び名すら、知っていたのは俺だけなのだ。
勿論ドラゴンがどこから来たのかも、何故この村を襲ったのかも解らない。
そして俺の心の中では、まだ不吉な予測のようなものが渦巻いていた。
両親を失った少女は、ぼんやりしながらも、どうにか負傷者の手当てを手伝っていた。ほんの数時間前、あの坂の途中で微笑んでいた少女とは別人のようだ…無理も無いが。
「君、名前は……」
俺は控え目に声を掛けた。
少女は顔を上げ、暫く俺を見ていた。
まるで、何かを思い出そうとしているかのような少女……
ぎこちない、時が流れた。
「ハンナ……です」
「ハンナ……ご両親の他に、近くに親戚は居るのか?」
ハンナは俯き、小さく首を振った。
「そうか……俺はブレイド」
「ブレイド……さん?」
一体俺はどうしてしまったんだろう?
何なんだ? この違和感。
俺はこの世界に居てはいけない? そんな疎外感。
俺だけが、この世界に居るはずがなかった化け物であるかのような……異物感。
そして尚も続く……あの少女……ハンナが生き残った事で、何かが。この世界の何かが狂いだしたという、根拠の無い不吉で不愉快な予感。
「これから……どうするんだ?」
それはまた、ハンナだけの問題では無いようだった。
村人達の間では、いつまたドラゴンが襲って来るか解らない村に居るのが怖いと言う者が多かった。
「私は……お父さんとお母さんと暮らした……この村に居たい」
ハンナはそう主張するが、村人はみんな、家財道具を集めてベラルクスに避難するつもりらしい。彼等はハンナにも一緒に来るよう勧めた。
しかしハンナは首を縦には振らなかった。
翌日。犠牲者達の埋葬が、村人達との最後の共同作業となった。
ハンナの両親も、村の片隅の共同墓地に埋葬された。
それが終わると、村人達は家財道具を積んだ荷車を皆で押しながら、ベラルクスへと去って行った。
ハンナだけが。どうしてもここに残ると言って聞かなかった。
正直、俺もハンナは一緒にベラルクスに行くべきだと思うのだが…
「ごめんなさい……どうしても、ここに居たいんです」
例によって。俺の中の謎の記憶というか…不吉な予言というか…それがまだ…俺に語り掛けて来るのだ。
ハンナ……いや、村の外で俺に声を掛け、ここがメリダの村だと教えてくれた「この少女」は、ドラゴンの襲撃を受け、死ぬはずだったのだと。
生き残った村人達はベラルクスへ避難する。だが生き残らない予定だった「この少女」には……何かがなく……書かれていなく……くそっ、何かって何だよ! 人の命を何だと思ってるんだ!
だけど…こんな事を考えているのは俺自身なんだ……俺は……何なんだ。
イカれている。なんなんだこの世界は。俺は嫌だ。この子には死んでほしくない。
別に一目ぼれをしたとかそういうのではない。ただどうしようもなく、そう思うだけなのだ。
「じゃあ……俺、この村に住んでもいいか? 空き家はいくらでもあるだろ?」