第37話 銀細工師 /
ベラルクスの町の片隅。銀細工師のペトリックはもう三ヶ月の間、病に伏せていた。肺の病で咳が酷く、食事が喉を通らない。
かつては恰幅の良かった彼も、この頃ではすっかりやつれ果て、床から起き上がる事も殆ど無くなっていた。
「お父さん」
扉の方から声がした。6歳くらいの男の子が覗いていた。男の子の名はポリン。ペトリックがこの世に残す事になりそうな、たった一つの心残りだった。
自分はもうじき、妻の元に行くだろう。だけどこの子はどうなるのだ……
「肺の病がうつるといけない……近づいてはいけないよ……」
ポリンは普段は父の言いつけを守る。いい子にしていれば神様が父を助けてくれると信じているからだ。しかし今日のポリンは聞かなかった。
「お父さん、これ、食べて! お父さんこれ好きでしょ、むかしはよくお酒をのみながら食べてたよ」
「……ポリン……それをどうした……」
「貯めていたお小づかいで買ったんだよ。お父さん、食べて……みんな、これを食べたらすごく元気になったって言ってたよ……お父さん、御願い、これを食べて」
「……ポリン……ありがとう……だけどお父さん、もうそんなの食べられないよ……」
「僕が食べさせてあげるよ、ほら、お父さん、よく噛んで、お父さんの好きな鹿の串焼きだよ」
◇◇◇
「うひょおおおおぉぉおおおぉぉおおおおお~!!!!」
寝巻き姿で奇声を上げながら大通りを走り回ってる奴が居る。何だありゃ。
「治ったああああ! 何か治った! 病気治ったぞおおおおおお!!!!」
「……あいつペトリックじゃないか。長く寝込んでるって聞いたんだけど」
近くの客が呟く。
ガードナーは王宮に用があると言って出掛け、マリオンさんはゼノン婆と一緒に留守番をしている。そして俺とハンナとソニアさんはベラルクスの町に居た。
相変わらず町の人々は俺達に気を使ってくれる。そんなに後ろめたいのか……?
何だかこっちも後ろめたい気持ちになってしまう。
今日は鹿肉を売りに来たのだが……卸業者にまとめて売ろうとしたら、市場に店を出して直接売っていいと言うのだ。
使ってない屋台まで貸してくれるし、直売用の火鉢まで貸してくれるから、少し串焼きにして塩を振って売ってみたら、これが良く売れる。凄く精がつくとか何とか……そんなにいいもんか?俺が食べても普通の鹿肉としか思えんのだが。
みんな気を使って、無理して買ってくれてるんじゃないだろうな……
「お父さん、もう少しお肉切った方がいいかも」
「ん……? ああすまんすまん……もうすぐ塩が無くなるな……」
「塩の換えならお父さんのベルトの袋に入ってるんじゃない?」
「おっと、そうだった!」
「ふふふっ」
俺達のやり取りを見て、ソニアさんがくすくす笑う。
「本当、仲良し親子ね」
うーん。そう言われるのは嬉しいような悲しいような……まあいいか。ハンナも嬉しそうだから。




