第30話 『空腹の』ビスコッティ
隊商を統率するベテラン商人、『音速の』ビスコッティは苦悩していた。
何故こんなルートを選んでしまったのか。ギャンブル的な商機を求め通常とは違うルートを選び隊商を導く事は今までにもあった。しかし、こんな田舎を通る必要があったのだろうか……
「腹が減ったあ……誰か乾パンとか持ってねえのかよう……」
「目が回る……荷物が重い……」
「干し肉は無ぇのか! 今なら同じ重さの針と交換してやる!」
最後にまともな飯を食ったのは昨日の朝だ……それから山をいくつも越え、夜通し歩き、朝が来たら仮眠を取り……どうにか、ベラルクスまで数時間というこの場所まで来た。
ベラルクスに着けば、とりあえずパンぐらいはすぐ食えるだろう。
とはいえベラルクスも小さな田舎町なので、いきなり50人近い隊商が来ても、温かい飯は足りないだろうしすぐには食えるまい。
結局の所、材料を買って自分達で煮炊きしないとならないだろう。
あと数時間。
ベラルクスに着いたら、そうだな……鶏肉とキャベツを買って、ざくざく切って塩で煮よう。それを皆で食べたらいい。
大釜を借りられるだろうか。まさか鶏が売り切れてたりしないだろうか。心配は尽きないが……まあ……何も食べられないという事はあるまい……
「おい『音速』の! 村が見えるぜ! なんだっけ、あれ」
「確かメリダっていったかな、宿一つない田舎の村だが水くらいは貰えるだろ」
音速のビスコッティに率いられた隊商が、メリダの村に近づいて行く。
「……なんか、いい臭いがしないか?」
「……森の臭いだろ」
「でもなんか、美味そうな臭いだぞ」
「枯れ葉が腐る臭いだろ、どうせ……」
商人達は口々に言い合う。
さて。隊商の先頭は二人の傭兵が務めていた。山賊などに警戒する役だ。
彼らは見た。メリダへ続く坂道の途中に、一人の少女が佇んでいる。
凄い美少女という程でもないが、目鼻のすっきりした可愛い少女だ。
「旅の人? ここはメリダの村よ」
少女は言った。
「お嬢ちゃん、この村で何か、すぐ食べられる物って無いかね……」
傭兵の一人が、たいして期待もせずに聞いた。
少女は答えた。
「ビーフシチューと鱒のステーキとチーズベーコンのパスタならすぐ食べられるわ。茹で野菜のサラダに焼きたてパンもあるのよ。ハーブティもサービスしてるの」
二人の傭兵は顔を見合わせる。
こんな田舎の村で? 何かのジョークだろうか? しかしこの少女は大人相手に悪質なジョークを言うタイプの人間には見えない。
「本当に、食べられるのか?」
「すぐ出来るわ。私のお父さん、宿屋をやってるの」
少女の返事を聞いた二人の傭兵は、隊商の先遣の仕事を放り出し村へと突進する。
「おおい! どうしたー!」
後ろでその様子を見ていた商人達が呼びかけるが、傭兵二人は振り返りもせず村へと駆けて行った。




