第29話
五人の山賊亭のキッチンだけでは狭いので、他の空き家の一階を片付けて臨時のキッチンを作り、そこに小麦粉や野菜や調味料や器などをセットし、明日すぐ仕込みを始められる体制を作って行く。
お皿やフォーク、スプーンもチェックする。普段使わない皿も使わないといけないので、割れていないか、汚れていないか、きちんと見極めないといけない。
今日から仕込みが出来る物は今日から始める。牛の骨と筋を安く買ったのでこれを煮込もう。最後にパン生地を練っておき、本日は終了。
翌日。パン焼き窯があまり大きくないので、朝からフル回転で焼いて行く。薪などは全部前夜に揃えてある。この作業はガードナーが買ってくれた。
板場はソニアさんが、煮方焼方はマリオンさんが担当してくれた。二人共普通の村娘のような服を着ているが、凄い美人なのは隠せてない。
そうして三人には定位置についてもらった上で、俺とハンナが動き回って料理を作って行く。
ゼノン婆にはテラスで寛いでいて貰っている。来客の気配をなるべく早くに把握して貰う為だ。他の事に気を取られていない方が、勘は冴えるらしい。
「……来るのは正午過ぎじゃのう……四十七人……隊商のようじゃが……皆、昨日の朝軽く食べたきり何も喰うておらん……金が無い訳でも無いのにのう……」
「はっきり見えたんですね!?」
「うむ……もう大丈夫だと思うが……だが、占いはあくまで占いじゃぞ? わしは言うたからな? もし誰も来なくても恨むでないぞ?」
焼きたてのパンにビーフシチュー、鱒のステーキ、温野菜サラダ、チーズとベーコンのパスタに……ハンナのハーブティも。これで誰も来なかったら悲しいなあ……
正午過ぎ。俺は村の門柱に登り、じっと街道を見つめていた。
来た……それこそ、ハンナを除くメリダ村の全住民が避難したあの日以来、見た事もないような人数のキャラバンが、この田舎の小さな街道を歩いて来る。
「来たぞ! 商人の列だ!」
俺は門柱から降りて宿の前に走る。
「私、村の外でお迎えしていいですよね!?」
「なあハンナちゃん、あれ一度俺にやらせてくれないかな……?」
ハンナの問いかけに、ガードナーが言った。
「これだけはだめです! ごめんなさい!」
ハンナは笑顔で言って、村の門へと駆けて行く。
途中一度振り向いて、笑顔で手を振って、また走る……
「こだわりがあるんじゃな……」
「師匠は村のおばあさんですからね? テラスで日向ぼっこしてる役ですよ?」
ゼノン婆が呟き、マリオンさんが続ける。
「悲しいのう……わし、婆さんの役なのか」
婆が俯く。まあ……婆さんの役だし、婆さんにやってもらうのが一番だろう。
ソニアさんとマリオンさんは宿屋のダブル看板娘、ガードナーは宿屋のおやじ見習い、ゼノン婆が先々代の大おかみで、ハンナは当代の若おかみだ。
俺はハンナの父に当たるのか夫に当たるのか? 客からはどちらに見えるだろうか? とにかく、メリダの村に一件だけある宿屋のおやじだ。
さあ旅人共! どこからでもかかって来い!




