第24話
「父が拾い食いしそうになったら止めて下さいと言われたぞ……お主普段どんな生活をしとるんじゃ」
俺は改良した投網を肩に、坂道をゆっくり下っていた。まあ、このくらいの速さなら婆さんでもついて来れるだろう。
「もう少し速く歩いてくれんか? 水面まで降りられる所に行きたいんじゃが」
余計な配慮だったか。
まあ婆さん、腰も曲がってないし、元気そうだしな……
昨日、もう占いが当たらないとぼやきだした時には、随分萎れて見えたが。
「……わしの目は、ブレイドはここじゃ、ここに居ると言って居るのに」
またその話か……参ったな。
今度はガードナーもハンナも居ないし。
今、ハンナは村で一人で留守番をしてるんだな……大丈夫だろうか。
「わしの占いは、ブレイドはベラルクスで間違いないと言う……」
「はあ……」
「つまり……耄碌したんじゃなあ……わしは……目の前のお主はブレイドではなく、ベラルクスにもブレイドは居ない……」
そんな事を言った途端、ゼノンの腰は曲がり、肩は落ち、皺は増えたように見えた。歩くのも急に遅くなった。
「のう、お主、なんぞ占って欲しい事はないかえ?」
「いやあ、特に……ありませんで……」
「そうか……ヘボ占い師に占って欲しい事などありゃせんか……」
「いやその、そういう意味ではありません、王宮占い師の方に占いをお願いするなど畏れ多くて」
困った婆さんだなあ。若者を困らせないで欲しいものだ。
何を聞いてやったらいいんだろう。
「じゃあその……明日の天気でも……」
「明日も晴れじゃ、雨は降らんし風も穏やかじゃ」
俺の質問もどうかと思うが、婆さんも適当だな。なんだ、本当に占いを見せてくれるわけじゃないのか。
「今日、私は網で何尾、鱒を獲れますかね?」
「ゼロじゃ。投網を甘く見過ぎじゃ。一度どこかできちんとした師匠を見つけて、修業させてもらうんじゃな」
この婆さん、占い師じゃなく漁師か何かなんじゃないか?
「まあ、ウナギの1匹くらいは獲れそうじゃの」
「ウナギ……? ウナギはこの網じゃ獲れませんよ、目が大き過ぎて」
「わしもそう思うが占いはそう言っておる」
そうこう言っているうちに、湖岸が近づいて来る。
「私はこの辺りで網を打ちますので……あまり遠くまで行かないで下さいね」
「ああ」
俺は靴を脱ぎズボンをまくって膝まで水に入る。
ああ、遠くの水面で鱒が跳ねている。居るなあ。今日は居るぞ。
婆さんはあんな事を言ってるけど、俺だってちゃんと研究してるんだ。確かに師匠の居ない自己流の網だけど、結構綺麗に広がるんだぞ。
デカいの獲って見返してやるぜ……
そう思ってちらりと婆さんの方を見ると。なんだ、婆さんどこへ行くでもなく、近くの岩に座って俺の方を見てやがる。
小一時間網を投げたが、鱒は一尾も獲れなかった。
ところが終わり間際に空振りの網を引き揚げた時、泥の中にでも隠れていたのか、ウナギが1匹網に引っ掛かってもがいているのが見つかった。
今にも逃げられそうなそれを、俺はすんでの所で籠で捕まえた。
「一つ、お願いがあるんです」
俺は、帰り際にゼノンに言った。
「なんじゃ?」
「……ハンナの事は占わないでやって貰えませんか」
「わかった」
老婆は、特に気を悪くして様子もなくそう言った。
「そういうの、結構言われ慣れとるでな。有能占い師あるあるじゃ」
婆さん、少し元気になったみたいだな……
とりあえず今夜のメニューは鰻だ。




