第16話
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「ベイトさん!」
「ハンナ、まだ来るんじゃない」
獣がまだピクピク震えている。こういうのはあまりハンナには見せたくないし、死に掛けの獣は、たまに最後の力を振り絞って噛みついて来る事もあるからな。
出来れば炎で脅して追い払いたかったんだが……仕方がない。どうしても襲って来るというのだから。あまり長時間ハンナと離れていたくない俺は、こいつをメイスでポコポコ叩いて倒した。
同じのがもう一匹出たら困るしなあ。
やっと動かなくなったのを確認して……俺は獣の死に顔を整えてやる。見開いた目は閉じさせ、垂れた顎も閉める……ハンナがあまりショックを受けないように。
「もう来ていいぞ……見るか?」
「きゃっ……」
「出来ればこんな事はしたく無かったが、こいつはどうしても腹ペコで、俺達を食わずにはいられなかったらしい」
「そ、そうなんですか!?」
「仕方が無いんだ、これも自然の摂理だからな」
「それにしても大きな動物……ベイトさん、本当に大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、こんなのは俺の田舎じゃよく出るから。うちんとこじゃサンバンって言うんだ、大きくて肉がたくさん獲れるから、猟師がよく狙ってるよ」
俺は適当な事を言っているわけではない。獣の命を奪った理由をハンナにきちんと説明したいのだ。田舎もサンバンも猟師も嘘だけど。
「俺達は他の生き物の命を貰って生きているんだ。さあ、祈ろう」
何を何に祈ったらいいのかは知らん。俺、神とか信じてたっけ?
「命の恵みに感謝します。この肉を私に下さってありがとうございます」
俺は適当に言って空に向かい手を合わせる。
「命の恵みに、感謝します! この肉を下さってありがとうございます!」
ハンナも真似する。
「あ……でも困ったな、俺メイスしか持ってない……何かあったかな……ハンナ、ちょっとバックパックを見せてくれ」
「あっ、はいっ!」
「ああ、背負ったままでいいよ、後ろから見るから」
バックパックを漁ると、下の方からどうにか、小さな果物ナイフが出て来た。
「あちゃー、こんなのしか無いか……まあいいや、少し待っててくれ、太ももの肉だけ少し貰って行こう」
「こんなに大きいですものね……どうしましょう」
「まあ、後で考えるわ、とりあえずベラルクスに行こう、こうしていてもどうしようもないし」
「……そうですね!」
俺達は街道に戻り、置いていた籠を拾い上げると、もう一度ベラルクス目指して歩き出した。