第100話
もうじき四月だというのに、雪が降っていた。びちゃびちゃの大きな重い雪だ。
この勢いだと少し積もるかもな……子供達は喜ぶかもしれないけど、大人は大変だ。電車が止まるかもしれないし、トラックが来なくなるかもしれない。
俺はアーケードのある商店街の喫茶店でスマホをチェックしていた。別段どうという事も無い……いつも通り、普段の風景。
それから、コーヒーを一口……少し冷めて来たようだ……今日は寒い。温かいうちに飲んでしまおう。
ふと、俺の目が、大きなガラス窓の向こうで、ぼた雪に追われアーケードに駆け込んで来た少女を捉える。
地味な感じだけど……滅多に居ないような可愛い子だ。このへんの学校の子じゃないな。どこの制服だろう。コートを着てマフラーもつけている。今日は寒いもんな。
いかんいかん。じっと見てしまった……あれは中学生だろう。俺はロリコンじゃないぞ……多分。
俺はスマホに視線を戻した。新着二件……何かの告知と、どこかのクーポン。ふーん。まあいいや、見てみるか。
俺は一瞬だけ目を上げる。さっきの子がまだ居る……手に紙の地図か何かを持って、辺りを見回している。
駄目だなあ。可愛い子がそんな事してたら、変な男に声を掛けられるぞ。
俺が行って、そう言ってやろうか……駄目だ、それだと俺が変な男だ。
俺はスマホに視線を戻す。
あれ?
スマホの画面がよく見えない……何で?
俺は天井を見上げた。ああ……そんなにスマホ、見過ぎてたかな……涙が出ていたみたいだ。俺はポケットからハンカチを取り出し、目元を拭う。
もう行こう。
俺は残りのコーヒーを飲み干して立ち上がり、椅子にかけていたコートを羽織る。
一瞬見た窓の外には、さっきの子は居なくなっていた。
俺は一度スマホを忘れて行きそうになりつつ、喫茶店を出た。
アーケードに出て辺りを見回す。さっきの子は次の十字路に居て、辺りを見回していた。
俺の行き先もそっちなので……俺は自然と彼女が居る十字路の方へと歩いて行く。
アーケードの外ではしんしんと雪が降り積もっている……これは積もりそうだな……季節はずれの大雪になりそうだ。
ところで。俺はどうしてしまったんだろう? そんなにスマホに依存してたかな、俺……さっきから涙が止まらず、じわじわと染み続けて来るのだ。
彼女の居る十字路が近づいた。
手に持った紙と辺りを見比べながら、彼女が振り向いた。
視線が合う……
彼女は俺に向けた視線を逸らさなかった。
俺は……ごく普通の、無害な男として、見知らぬ少女をじろじろ見てはいけないと思ってはいるのだが……どうしても視線を逸らせなかった。
それに……
どうして涙が出るんだろう。
彼女も……目元に涙を浮かべ始めた……
彼女がゆっくりと近づいて来る。俺も……ゆっくりと前に歩いていた。
彼女は目元にたくさんの涙を溜めている……多分、俺もそうなっている。
1mの近さまで歩いて……俺達は向かい合った。
何か言わなきゃ……でも……何を? 初対面……だよな? 俺達……初対面のはず……
こういう時、何て言うものなんだろう。
俺は……口を開いていた……
「ここは……蒲田駅西口商店街だぞ」
彼女の涙が一気に溢れ、頬を伝った。
俺は……お辞儀をするように背中を屈めていた……何故か……そうするのが自然だと思った。
彼女は俺に向かって両手を一杯に伸ばして来た。その両腕が、俺の首にしっかりと絡む。
彼女の息遣いが、嗚咽が、本当にすぐ近くから、俺の耳の真横から聞こえる。俺はゆっくりと、彼女の頭を撫でていた。
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