第一話
俺は湖を見下ろせる森の中に居た。
背負っていた袋にはリンゴが何個かと、手袋が入っている。
リンゴを食べても良かったが……別に腹は減ってないようなのでやめておく。
する事を思いつかない。目の前には道のようなものがあるので、とりあえずそれに沿って歩いて行く。
ここはどこだっけ……
暫く歩いて行くと、遠くに石造りの塀と丸太組みの門が見えて来た。
村でもあるのかな。とりあえず行ってみるか。
なだらかな上り坂を、俺はゆっくりと登って行く……
ふと見ると、道端でせっせと野草を集めている少女が居る。
とりたてて凄い美少女というわけではないが、目鼻立ちの良い可愛いらしい子だ。年の頃は十二、三という所か。
声を掛けようかと思った俺は、一瞬のためらいを覚える。
何故だろう? つい最近まで俺は、少女に声を掛ける事が許されない世界に居たような気がするのだ。
世界? 何の事だろう……
……
「こんにちは」
そんな事を考えながら立ち止まっていると、少女の方が俺に気付き、声を掛けてくれた。
「あなたは旅の人? ここはメリダの村よ」
メリダ…知っているような、知らないような……
何だろう、この違和感。メリダがどうこうではなく……例えば俺は……目の前に知らない人が現れた時に「ここは蒲田駅西口商店街だぞ」などととっさに言う事が出来るだろうか?
……?
あれ?
今俺は……何を考えた? カマ……ニシ……? あれ……何かが……頭の中から消えて行くような気がする……
「宿屋を探しているの? この村には無いけど、この先のベラルクスという町にならあるわ」
少女が笑顔でそう言った。あまり長くない栗色の髪を二つくくりにしている。中肉中背、手足も長過ぎず短過ぎず……ごく普通の、健康そうな娘さんだ……って、いつまで見てるんだ俺。
「ああ、ありがとう」
少女は挙動不審の俺に戸惑う事もなく…軽く会釈をした。
いい子だな。
次の瞬間だった。
――ドコオォォォォォォォォ!!
大きな爆発音がした。そしてたちどころに巨大な焔が巻き上がる……村の中から!
「……大変!」
少女が駆け出す…村の方へだ!
「危ない! よせ!」
少し遅れて俺も走り出す。
少女の足は予想外に速かった。このままでは追いつけない……
その時だ。俺の頭の中で何かが閃いた。
通常より速く走る方法がある?
ただしスタミナを大きく消費すると……
あれこれ考えている場合じゃない。俺は閃いたその方法で加速する!
みるみるうちに、少女の背中が近づいて来た。
これならギリギリ、村の門の手前で追いつけるかもしれない。