1-2話
「お取込み中だったかな?」
私がそう声を上げると、その場にあった無数の眼が全て私に向いた。
しかし……これは一体どういう状況なのだろうか。
十数人の男が群がって一人の女を一斉に攻撃している。
うーん……10万年後の世界で流行っている遊びか何かだろうか。
「なんだてめえは? どっから湧いてきやがった。」
すると群がっている人たちから少し離れたところにある変な乗り物に乗っている男が声をかけてきた。
どうやら彼はその変な乗り物の中から大量の荷物を運びだしている途中だったらしい。
両脇に大量の荷物を抱えている。
しかし……どっから湧いた、か。
まあ、しいて言うならば、海か?
オリュンポスの塔は海に浮かぶ塔だし。
「まあ、あそこからかな?」
そう言って塔のある方角を指さすと、何を言ってるんだみたいな顔をされた。
解せぬ。
「はあ? 海から来たってのか? 意味わかんねえよ。」
「まあまあそんなことはどうでもいいじゃないか。」
誰がどこから湧いた、なんて話し出したらきりがないだろう。
今の私みたいに飛んできたんならいいが、転移魔法を使って近くにきたやつに「どこから湧いた?」なんて聞いても無駄だし。
そんなことはどうでもいいんだ。
そうじゃなくてコンタクトを取らねば。
「に、逃げて下さい!」
「やあ。今日はいい天気……ん?」
「この人たちは盗賊団です! 早く逃げないとあなたもひどい目に……うぐっ!」
「余計なこと喋ってんじゃねえよ。」
日常的な会話をしようと思ったら、突然攻撃されていた女の子が私に向かって逃げて下さいと言ってきた。
どうやらこの状況は10万年後の世界における平和的状況じゃなかったらしい。
しかし……逃げろ? なぜ私が逃げる必要があるのだ?
「まあお前もこの現場を見ちまったんだ。このまま黙って見逃すわけにはいかねえなあ。」
「なぜ逃げなければならないんだ?」
「はぁ? 何言ってんだお前?」
「いや……あ、そうか。」
そういえば10万年後の今の世界では私を知る人間はいないんだった。
10万年前は全人類、いや全ての生物が私を知り、恐れていたから私に挑んでくる猛者などいなかった。
だが今は違う。目の前のこの人たちは私の事を知らないわけだ。
そして今私は彼らにとって不都合な現場を目撃した。
となると彼らはどうするのか。
なるほど。つまり私は今襲われそうになっているということか。
「なるほど。つまり君たちは私を襲おうとしていると。」
「ああん? 当たり前だろうが。変な野郎だな。」
「ふふふ……。」
「何笑ってやがる。この危機的状況に頭が狂っちまったか?」
いやあ、襲われるという経験は人生初なものでな。
こっちから襲う経験は戦争時代にいくらでも経験したのだが、まさか私を襲おうとしてくる奴がいるとは。
いやはや。10万年後の世界は本当に面白い。
「まあいい。一応お前にもチャンスはやろう。持ってるもの全部大人しく俺らに渡したら……まあ、半殺しくらいで済ませてやる。」
「持ってるもの? あいにくだが今は手ぶらでな。あるとしたらこの着ているローブぐらいなものだが。」
「はあ? こんなところに手ぶら? じゃあいいや。お前もボロボロになるまでいたぶってやるよ。」
ほお。
この私をいたぶると。
随分面白いことを言ってくれるじゃないか。
彼らとコミュニケーションをとって10万年後の世界はどうなっているか聞きたかったのだが路線変更だ。
ここで、10万年後の世界の戦闘水準を見極めてやる。
10万年も経っていたらもしかしたらこの私が苦戦するほど人類は進化しているかもしれん。
「いいだろう。かかってくるがいい。」
「あん? 調子に乗ってんじゃねえぞ。おいお前ら!」
「「「おう!」」」
「新しい女が来たぞ! しかもかなりの上玉だ! こいつもやっちまって構わねえ!」
「「「おっしゃあ!」」」
「ふふふ……。」
ああ、気分がいい。
私に挑んでくる奴なんて何千年ぶりだろうか。
この高揚感。素晴らしい。
時々喧嘩を楽しそうにしていたアランを馬鹿にしていたが、これは人の事をいえないかもしれないな。
戦うのなんて何千年ぶりだろうか。
私は今、とても楽しい。
そうしている間にも、彼らはせわしなく動き、私をぐるっと囲む態勢になった。
ふーむ……そのフォーメーションは悪手といえば悪手だぞ。
そうやって均一に人を並べたら1発の魔法で全て薙ぎ払われて終わりではないか。
普通なら前に物理の戦闘員とガード要員、その後ろに魔法を無効化する魔法が使える奴と回復魔法が使える奴、そして遠くに魔法を使う奴という配置がベタといえばベタだが。
いや、待てよ。
もしかすると彼らは一人でその全てを補えるのかもしれない。
つまり一人一人が戦闘員なうえに魔法を無効化する魔法を使え、なおかつ己の怪我を治す魔法も使え、さらに近距離で有効な魔法が使えるのかもしれない。
いや、もしかすると全員が私と同じように不老不死だという可能性もある。
全員が不老不死の場合、確かにこうやって全員で襲い掛かり相手との持久力戦に持ち込むという手がベタだ。
ふむ。これは思ったよりいい戦いになりそうだ。
さすがに私が負けることはありえないが、もしかしたらタルタロスとの戦い以降溜まりに溜まった魔法の実験が今ここでできるかもしれない。
「に、逃げて下さい。時間は私が稼ぎますから……。」
「ん?」
すると、私に向かって逃げてと叫んだあの子が私の前に走り込んできた。
しかし、上半身ほぼ全裸とは。なかなか奇抜なファッションだなぁ。
「その服装って流行っているのか?」
「そんなわけないでしょう! ふざけている場合じゃありません!」
「いや、別にふざけてるわけじゃ……。」
「とにかく、時間は私が稼ぎますからその間に逃げて下さい。」
逃げる?
どうやらこの子はなにか勘違いをしているらしい。
彼女はどうやら私をか弱い少女だとても思っているのだろう。
ふふ、可愛いじゃないか。
「あーん? 嬢ちゃんよ、これ以上余計なことするならただじゃおかねえぞ?」
「……。」
「なんだその目は? 二度と立てない体にしてやろうか?」
「早く逃げて下さい……。」
そういう彼女の体は震えていた。
どうやら彼女は私が思っているよりよっぽど彼らに追い詰められていたらしい。
なのにこうやって自分の身を犠牲にして私を逃がそうとしてくれている。
なんと勇気あふれる少女だろうか。
「名も知らぬ少女よ。もういい。」
「え?」
「よく頑張ったな。このアストラッテ・エクスガイアが認めてやろう。ヒュプノス」
「え? あ……。」
眠りによって倒れる彼女の体をそっと優しく支える。
恐怖に打ち勝つという行為はそうやすやすと出来ることではない。
私は恐怖を感じたことはないが、出来るかと聞かれたら怪しいと答えるだろう。
それを彼女はこうやってやり遂げたのだ。しかも人のために。
その精神は私にも真似できないものだ。
「ははは恐怖で倒れちまいやがった! みっともねえなあ!」
「「「ぎゃははは!」」」
「あまりそういう事を言うのは感心しないな。」
「はぁ?」
「凄いと思ったことには素直に凄いというべきだ。そんなこと子供だってできる。」
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえぞてめえ。てめえも同じように恐怖で立てない体にしてやるよ。」
少女をそっと草の上に寝かせる。
上半身裸という奇抜なファッションな子だったが、尊敬できる子だった。
どうやら10万年経ってもこういった立派な精神を持っている人がいることは変わらないのだな。
さて……と。
「さあ、簡単にやられてくれるなよ?」
戦闘水準の見極めといこうじゃないか。
実験開始だ。