1-1話
「んぅ……。」
目が覚めた。
やけに脳内がぼやけている。
頭に変なもやもやがかかっている感じだ。
久しぶりに寝たからだろうか。
なんともいえない感覚に襲われている。
あー……寝起きというのはこんな感じだったか。ずいぶん久しぶりな感覚だな。この体じゃ睡眠なんて必要なかったからな。
えーっと、確か今はどういう状況だったか。
最後の記憶は、アランと会話をして、飛んでオリュンポスの塔へ向かって……そうだ。
そうそう。トールが発明した魔導機械の中で眠りについたんだった。
とりあえず体を起こす。
いつの間にか機械の入り口は開放されていたため、だるい体を叩き起こし、機械から出る。
そこには変わらず私の寝室が広がっていた。
えーっと……確か1万年後に起きるように設定して眠ったんだったか?
ということは、今は1万年後の世界ということか。
そう考えた途端、急に脳が活発的に活動を始めた。
そうだ。一万年後だ。ついに来たのか。
自然と口角が上がってしまう。
ついに。ついにだ。
今、この塔の外には未知が広がっている。
私の想像もつかないような、未知が。
おっと。一応寝てから何年経ったのか確認をしておこうか。
別にトールを疑うわけじゃないが、もしかしたら機械の不具合によって多少寝た時間が短かったり長かったりするかもしれない。
「ヘリギア。」
えーっと、今の私の年齢は……は?
10万5011歳?
ん?
……久しぶりの魔法だったから失敗したようだ。
魔法の発案者であるこのアストラッテが他ならぬ魔法を失敗するとは。体がさび付いてしまっているのだろうか。
もう一度、やってみよう。
「ヘリギア。」
さて、結果は……変わらず10万5011歳だと?
魔法陣の確認を……正常だ。どこも間違っていない。
つまり、この魔法は間違いなく正常に作動している。
つまり、私の年齢は間違いなく10万5011歳ということだ。
「……図ったなトール。」
あの野郎、機械に何か細工をしていたな。
おそらく『増幅魔法陣』でも組み込みやがったな。
くそ……なぜあの時確認せず使ってしまったのか。
ということはだ。
今は1万年後の世界ではなく10万年後の世界ということか?
おいおい冗談だろう。
さすがにそこまで時間が経っているとは想定外だぞ。
そこまでいくと人類がいまだ生存しているか怪しいレベルになってくる。
それどころか生物が絶滅している可能性だって微量ながら存在する。
私が最後の人類はさすがに嫌だぞ。
まあとにかく、ここでうだうだ言っていても始まらないか。
一旦外に出てみよう。
もしかしたら何か目を引くものがあるかもしれない。
6割の期待と4割の不安を胸に浮遊しながら塔の外へでた私を待っていたのは、
不安を全て打ち消すような美しい光景だった。
上を見れば魔法工学の副産物によって常に紫と黒の雲に覆われていた空は青く白くどこまでも晴れ渡り、
下を見れば緑色に濁っていた海は青く透き通り、見た限り沢山の生き物が生息している。
前を見れば遠くに見える大地は美しい緑で覆われている。
これは。
これは凄い。
10万年の月日というものは世界をここまで美しくするものなのか。
この光景を見たことで私が感じていた不安や焦燥といったような感情は全て吹き飛んだ。
10万年後の世界というものもなかなかに悪くない。
この美しい光景にしばらく見とれていた私だったが、ふととあることを思い出した。
そうだ、人類は。
人類は今だ生息しているのか。
遠くに見える大陸を遠眼魔法で観察してみると、いた。
人数は……11名ほどか。あんな平野で何をしているのだろうか。
まあいい。せっかく10万年後で初めて見つけた人類なのだ。コンタクトをとってみるのも悪くないだろう。
そう思った私は足にぐっと力を入れた。
そして思いっきり塔の壁を蹴った。
こうすることで高速で飛行を行うことが可能なのだ。
蹴ったとたん、私の体は音を置き去りにしながらものすごいスピードで彼らのいる場所へ飛んで行った。
さて……10万年後の世界というものはどういうものなのか。こんなにわくわくするのは初めてだ。
* * * * *
「へへへ……とっとと荷物をよこしな。じゃないと痛いめにあっちまうぜ?」
「くっ……。」
誤算でした。まさかこんな真昼間から盗賊団がいるとは。
馬車でエレシア王国へ向かう途中にこんな災難に出くわすなんて。なんて不運なんでしょうか。
こうなるならせめて安全な道だからと高をくくらず一人でも護衛を雇うべきでした。
馬車を引いていた御者の方はとっくに逃げ出していますし、絶体絶命とはこのことでしょう。
「ほら、さっさとしろよお嬢ちゃん。じゃないとお嬢ちゃん自身もひどい目にあっちゃうよ~?」
「い、嫌です!」
「ああん?」
「あ、あなたたちこんな事をするなんてアストラッテ様がお許しになりませんよ!」
「あん? なんだお前魔導教徒かよ。」
「で、ですから、今すぐこんなことはやめて……。」
「残念だけど俺らは無宗教なんだわ。存在しない神なんかにすがってないでとっとと荷物よこせって。」
ううう……話が通じる相手ではありません。
怖いですけど私も一端の魔導教徒なんです。
こういう時に勇気を出さなくていつ出すというのです!
決心をつけた私は荷物から杖を取り出し、構えた。
「なんだ、お嬢ちゃん魔法使いかよ。」
「あ、あなたたちが言うことを聞かないのなら力づくでも……。」
「ラッキーですぜボス。」
「あん?」
「この道を通る幼い魔法使いってことは十中八九エレシア魔法学園の学生か新入生ですぜ。」
「だからなんだよ。」
「あの学園は入るのに大量の金がいるんですよ。そこにいくってことは……。」
「金持ちってことか。こいつはラッキーだったな。おい嬢ちゃん!」
「ひっ!」
「今大人しく荷物を俺らに差し出せば何もせずに解放してやる。だけどもし反抗するってんなら……わかってんだろうな?」
盗賊団の首領らしき人が私に向かって圧をかけて来ました。
怖さで足が竦んでしまいますが、ここで折れて荷物を差し出せば私を応援して送り出してくれた村の皆への裏切りになってしまいます。
そんなこと、絶対にするもんですか。
「な、な、なんと言われようと荷物は渡しません!」
「ぎゃははは! お嬢ちゃん足が震えてるぜ?」
「こ、これは武者震いです!」
「やめときなって。俺たちも幼い未来ある子供をいたぶる趣味はねえんだよ。」
「今大人しく出頭すれば魔法は使いません!」
「おっと逆に俺らを脅すのか? こいつは傑作だ!」
「嘘じゃありません! 魔法を使えばあなたたちもただではすみませんよ!」
「じゃあ撃って来いよ。」
「え……。」
「いいから魔法。撃って来いよ。」
「で、でも……。」
「早く。ほら。」
「う、うう……。」
で、でも。
魔法を使えば盗賊団の人たちは怪我を負ってしまいます。
そんなこと……しちゃってもいいのでしょうか。
私は人を傷つけたくて魔法を学んだわけじゃ……。
「どうした? 威勢がいいのは口だけか?」
「ううう……。」
「ちっ……撃つなら早く撃てやクソガキィ!」
「う、うわあああ! 『ファイアボール』!」
私が放った魔法によって数発の炎の玉が盗賊団の人たちの方へ飛んでいく。
しまった。
思わず撃ってしまいました。
このままでは盗賊団の人たちが。
「はんっ。初級魔法とは。所詮ガキだな。『アイスロック』。」
「え……。」
私の魔法が盗賊団の人達に当たる寸前、盗賊団のボスらしき人が呪文を唱えました。
すると、私がはなった炎の玉と盗賊団の人たちとの間に巨大な氷の岩が出現し、私の魔法はその岩に当たると消えてなくなってしまいました。
「杖なしで中級魔法まで使えるボスの敵じゃないっすね!」
「まあな。さあ嬢ちゃん。これで力の差は分かっただろ? 大人しく……と言いたいところだが。」
「ひぃ……。」
「俺たちに牙を向けたんだ。それ相応の報いは受けてもらおうか。」
「い、嫌……。」
「お前ら! このガキを再起不能になるまでボコボコにしちまえ! 手段は問わねえ! 何をしても俺はなにも言わねえ!」
「「「いよっしゃあ!」」」
「や、やめて……。」
「それでやめるほど俺らは甘くねえんだわ。ところで嬢ちゃん。飢えた男だらけの中にか弱い女が一人放り込まれたらどうなるか知ってるか?」
「ご、ごめんなさ……」
「やっちまえお前ら!」
ボスらしき人の掛け声をきっかけに、私と馬車を囲んでいた盗賊団の人たちが一斉に私に襲い掛かって来ました。
なんとか、なんとか魔法で……。
「へえ、魔法使いの杖ってこんなのなのか。」
「そ、それは駄目……」
盗賊団の一人が私が持っていた杖をひったくってきました。
やめて。その杖だけは。
その杖はお父さんがお金を貯めて入学祝いに買ってくれた大切な宝物なんです。
だからそれだけは。
「おらよっと。」
「あっ……。」
「うわあひでえなお前!」
「ぎゃははは!」
「あ……あ……。」
盗賊団の一人が私の大切な、大切な杖をあろうことか膝で真っ二つに叩き割りました。
その瞬間、私の心の中で、何かが壊れる音がしました。
「あああああ!」
「うおっ急に暴れんなよ。」
「おい押さえつけろ。」
「返して! 返してよぉ!」
「何を? 杖か?」
「ざーんねん。この通り杖はもう使い物になりませーん。」
「嫌あああ!」
杖が、お父さんが精一杯お金を貯めて買ってくれた杖が。
私の唯一無二の宝物が。
こんな、こんな人たちに。
これは夢だ。悪い夢なんだ。
「ちっ……暴れんなやクソガキ!」
「がっ……。」
「ふう。やっと大人しくなった。」
「ひっく……えっぐ……。」
「あらら泣いちゃった。」
盗賊団が暴れる私の腹に思いっきり蹴りを入れてきた。
その衝撃で肺が一気に酸素を吐き出し、息が出来なくなる。
なんで、なんで私がこんな目に。
そう思うと自然と涙があふれてきた。
「やっと大人しくなったか。」
「じゃあ始めようぜ。」
「おう。」
「ひっぐ……やめでぇ……。」
私の必死の懇願も意味をなさず、彼らは私の服に手をかけると、思いっきり引き裂いた。
服に隠されていた肌が露わになる。
怖い。ただただ怖い。
私の心は恐怖一色で塗り固められていた。
「安心しなって。殺しはしないから。」
「まあそのうち死んだ方がましと思えるようになるかもな。」
「せいぜい楽しませてくれよ!」
「嫌ぁ……嫌ぁ……。」
盗賊団の人達は手を止めない。
どれだけ怖がろうと、やめてと懇願しようとも、その手を止めない。
盗賊団の手がどんどん私の下半身に向かっている。
もう全てを諦めたその時、
「あー……すまない。」
「あん?」
声がした。
とても美しい声だった。
自然と盗賊団の人たちも私を襲う手を止め、声のした方へと首を向けた。
私もゆっくりとその声をした方へ顔を向ける。
するとそこには、
「お取込み中だったかな?」
黒いローブを羽織った、とても、とても美しい女の人が気まずそうな顔で私達を見ていました。