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物好き


「……アリノア」


 ふっと突然、エリティオスの顔が真面目なものへと変わる。それは恐らく、最初に彼と言葉を交わした日に魔法使いかどうか訊ねられた際の表情とよく似ていた。


「ありがとう、僕を……救い出してくれて」


「……大したことはしていないわ。私はただ、あなたのことを認めて受け入れたに過ぎないもの」


「十分過ぎるくらいだよ」


 零れた笑みは穏やかだった。それを見て、アリノアも安堵の息を吐く。


「……ほら、もう大広間に戻らないと。あなたの家族が心配するわよ」


「……うん。そうだね……。君はどうやって帰るつもりなんだい?」


「ノティルに乗って、空を飛んで帰るわ。王宮魔法使いの結界が上空まで伸びているようなら、歩いて帰るけれどね」


「えぇ? ……まぁ、君の事だから飛ぶことには慣れているだろうけれど。あ、君が着ていた服は後で渡した方がいいのかな?」


「……そうね」


 そういえば、王宮内で着替えをしていたことを失念していたアリノアは複雑な表情のままで返事をする。自分の服をエリティオスが渡してくるのを想像して、どう反応すればいいのか分からなくなってしまった。


 だが、破れてしまったドレスのままで、着替えに戻ることも出来ないのは確かだ。ここは羞恥心に耐えて、後日エリティオスから服を渡される際に向けて、気持ちを構えておいた方がいいだろう。


 すると、何かを思いついたのかエリティオスは先程、脱ぎ散らかした瑠璃色の外套を手に取るとそれをアリノアの肩へとかけた。


「これを羽織っていくといい。夜の空は寒いだろうから」


「……悪いわ。だって、これ……あなたのものでしょう」


「君に風邪を引かせるわけにはいかないからね」


 有無を言わせぬ笑顔にアリノアはたじろぐ。エリティオスの笑顔と瞳、言葉にはやはり魔力が込められているのでは思えるほど、逆らうことは出来ないのだ。


「……それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ」


 アリノアは溜息交じりに外套を羽織り直して、金具で外套の端と端を留めた。その間にも、エリティオスがバルコニーへと通じる窓の鍵を開け放してくれた。


「……」


 アリノアは出て行く前に短剣を抜いて、部屋の空間を斬るように一閃を描く。これで張っていた結界は解除されたので、自分が魔法を使った痕跡を王宮魔法使いに見つけられることはないはずだ。

 短剣を再び鞘へと戻してから、アリノアはエリティオスの方へと身体を向けた。


「……あなたの家族に挨拶をせずに帰るのは失礼だけれど、申し訳ないと謝っておいてくれるかしら」


 二度も会うかどうかは分からないが、王子である彼に別れの挨拶の詫びを入れて欲しいなど、自分でも図々しい奴だと思う。


「大丈夫だよ。細かいことは気にしない人達だし、それに君がここに来た理由も分かっているだろうから」


「そう……。それならいいのだけれど」


 一歩、バルコニーの方へと足を進めると、頭上から照らす月の光が眩しく感じられた。


「アリノア、あの……」


「え?」


 呼び止められたアリノアは後ろを振り返る。エリティオスが何か言いたげな表情で、右手で空を掻いていた。


「いや、また今度でいいや」


 何かを飲み込んだように見えたが、その表情に(かげ)りはなく、むしろ清々としているように見える。


「そう? ――ノティル」


 呼びかけに応じるように、瞬時にアリノアの影からノティルが姿を現す。


「帰るの?」


「そうよ。……大鷲に変化してくれる?」


「了解」


 子猫の姿をしていたノティルは、身体を大きく膨らませてから二枚の羽を携え、鋭い嘴を持った大鷲へと姿を変えていく。


「準備出来たよ。……エリティオスも今日はお疲れさま。おやすみー」


「うん。ノティルもありがとう。またね」


 ノティルの広げた翼の上へとアリノアはドレスであるにもかかわらず、ひょいっと乗り上げた。


「気を付けて帰ってね。……また、教室で」


「ええ、またね。……おやすみなさい」


「おやすみ」


 引き剥がすようにアリノアは穏やかな笑顔を浮かべるエリティオスから視線を外す。


「行って、ノティル」


「はーい。しっかり掴まっていてねー」


 バルコニーへと飛び出したノティルはそのまま羽を動かして、身体を宙に浮かせていく。


 自分から引き剥がしたにも関わらず、アリノアはちらりと視線を下方へと向けてしまう。そこにはバルコニーから軽く手を振るエリティオスがいた。



「……物好きな人」


 溜息を吐きつつも、満更ではないアリノアはエリティオスに向けて手を振り返した。

 風に乗れたのか、ノティルの身体が急上昇する。見下ろしていたエリティオスの姿は夜の色に溶けるように次第に見えなくなっていく。


 ……また、か。


 心の中でそう呟くと、何故か口元が緩んでしまう気がして、アリノアは顰め面をした。


「アリノアー」


「何かしら」


「お疲れさま」


「ノティルもお疲れさま。結局、呪魔が食べられなくて残念だったわね」


「本当だよぉ。……でもまぁ、エリティオスが元気になったなら、それでいいかなぁ」


 ノティルも彼なりにエリティオスのことを心配していたようだ。


「それで君達二人は今後、どうするつもりだい?」


「は?」


 唐突に何の話だろうかとアリノアは首を傾げる。


「だって、お互いに好き合っているなら、恋人になれるんじゃないの」


「っ……。ノティル……。あなた、まさか……」


「あ、うっかり言っちゃった」


「ちょっと! あなた、見ていたとか言わないわよね!?」


 影から出し入れ出来るノティルは自らの意思で、外と遮断することも静観することも出来るようになっている。

 彼がこのような発言をしているということはつまり、自分とエリティオスが唇を重ねていた状況を知っていることを意味していた。


 アリノアは本日何度目か分からない頬の紅潮を感じつつも、ノティルの背中を軽く叩いた。


「何も見ていないし、聞いてなーい」


「ノティル!」


 失言してしまったという自覚があるのか、それ以降、アリノアが責めてもノティルは聞く耳を持たなかった。

 結局、恥ずかしさによって怒りを抑え切れないアリノアは数日分のノティルへのおやつの禁止令を出す事となり、他言無用という二人の秘密を交わすこととなった。

    


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