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瞳に囚われて

   

「あー……。うん、もう気配は完全に消えたみたい。残念だったねぇ、アリノア」


 エリティオスの壁役を務めてくれていたノティルがすっと、いつもの猫へと戻る。


「本当よ……。あと少しだったっていうのに」


「でも、この校舎自体に漂っている空気は変わっていないから、しばらくすれば出てくるかもねぇ。……それで、こっちの子には何と説明するつもりなの?」


 呆れたような口調でノティルが溜息を吐く。

 そこでアリノアはエリティオスがいたことを思い出した。


 本来、嘆きの夜明け団に所属している人間は、魔法を使っているところを外部の人間に見られてはいけないのが規則となっている。

 規則を破った者はもちろん処罰を受けないといけないし、魔法を見た側の人間の記憶を少し、消さなければならないと決まっている。


 現代の法律に魔法禁止というものがあるが、それは教団の人間による表立った行動を制限するためだ。


 教団は常にこの国の影として動かなければならない存在であるからだ。

 それは己を守る(すべ)でもあり、戦争などに悪用されることを防ぐためでもある。


「もう、課長に怒られることは絶対だね」


「うっ……」


 項垂れつつ、アリノアは短剣を腰へと差し直し、座り込んでいるエリティオスへと手を伸ばす。エリティオスはまだ目を丸くしたままで戻らない。


 彼の瞳はアリノアとノティルを交互に映していた。影魔は通常、一般人にはただの影にしか見えないはずだが、彼の視線はしっかりとノティルを捉えていた。

 それはつまり、エリティオスの瞳にはノティルがただの影として映っていないことを意味している。


「えっと……。あの、驚いたわよね? 私、手品が出来るのよ。それで練習していたの。さっきは観客に向かって喋る練習で……。こっちは愛猫のノティル。喋っているように見えたのは私が腹話術で操っていて……」


「……それはさすがに苦しい言い訳じゃない?」


 足元のノティルが駄目だなぁと言いながら呆れ顔で欠伸をする。

 だが、ここを乗り切らなければ、自分の名誉と厳罰に関わる。


 この男が明日、教室でアリノア・ローレンスは手品が出来て、一人で喋り続けるおかしな奴だと皆に吹聴するかもしれない。

 それでも周囲に魔法使いだと知られるより、数倍ましだ。ただ少し学園生活を送る上で他の生徒から白い目で見られるだけで。


「あのー……エリティオス王子?」


 顔色を窺いつつも、差し伸べている手は取られない。

 やはり、庶民というよりも変人の手を掴むのは嫌か。アリノアは仕方ないと言うように溜息を吐き、差し出した手を引っ込めようとした時だ。


 右手がぐいっと突然、引っ張られたアリノアは体勢を前へと崩す。


「っ……!?」


 膝から崩れ落ちた体勢はまるで、エリティオスに身体を引き寄せられているようだった。


「……君は」


 掠れた声で彼は自分の方へと顔を上げる。


「君は魔法使い、なんだね」


 その一言にいいえと答えれば良かったのに、彼の碧い瞳に吸い込まれるように囚われたアリノアは首を横に振ることが出来なかった。


「アリノア・ローレンス。君はあの『嘆きの夜明け団』の魔法使いなんだな?」


 もう一度、確認するような問いかけにアリノアは何と答えればいいのか視線を迷わせる。


 だが、両肩をがっしりと掴まれているため、逃げることは出来ない。いや、自分の持てる力の全力をもってすれば、彼など容易くねじ伏せることが出来る。

 それでも、そう出来ないのは何故なのか分からなかった。


 エリティオスを目の前にしたら、逃げられない魔法でもかかっているようだ。


「答えろ」


 穏やかで朗らかだった今までとは違う、低く鋭い声だった。金縛りにあったように途端に動けなくなる。


 これが、これこそが王族の力なのだろうかと思う程に、声色と眼力には何かの力が宿っているように思えた。


 逆らうことなど出来るわけがない。いつもの勝気な自分はどこへ行ってしまったのか。

 アリノアはエリティオスの言葉に従うように、こくりと軽く頷いた。


「……そうか」


 それだけ答えるとエリティオスはやっと両肩を掴んでいた手を放してくれた。エリティオスに掴まれていた両肩に残った熱がまだ火照っている。


 先に立ち上がったのは、エリティオスの方だった。立ち上がるついでにアリノアの手も掴み、そのまま一緒に立ち上がらせる。


 この時、腰が抜けていなかったのは奇跡と言ってもいいだろう。先程まで隣にいたノティルはいつのまにか影へと戻っていた。


「すまない、別に脅すつもりはないんだ」


 声色が先程と同じ明るい口調へと戻り、表情も柔らかいものへと変わる。まるで、最初からそうだったかのように。


「……ただ、嬉しかったんだ」


「……は?」


「ほら、王宮には王宮魔法使いがいるのは知っているかな?」


「一応は」


 確か国王やその家族が住んでいる王宮には王族のために密かに魔法を使う王宮魔法使いがいると聞いている。

 彼らは自尊心が高く、またその役割は世襲制らしい。そのためか、自分の庭となる王宮に教団の魔法使いが入って来ることを強く嫌うのだという。


「彼らの得意分野は治療や結界と言った類の魔法だったけれど、あまり魔法の現物を見たことがなくてね。君が今、行った攻撃の魔法は初めて見たんだ」


 そうやって捲くし立てるように熱弁し始めるエリティオスをアリノアは目を丸くして見ていた。


「でも、君の魔法は本当に美しいね! 聞いた話よりも精密に作られているんだね、魔法って。……ああ、それなら影みたいなものを消していたのは、もしかして今は教団の任務中なのかい?」


「……って、ええ!? さっきの……呪魔(じゅま)が見えていたの?」


 自分が魔法を使うところを見られたことよりも、エリティオスは呪魔が見えていたことの方に驚いたアリノアは思わず、大声を上げてしまう。


「見えるよ。魔力はないけど昔から、そういう体質らしくてね。小物の魔物や浮遊霊ぐらいなら見たことあったけど……。学園内にはさっきみたいな黒くて大きな塊みたいなのがたくさんいるから驚いたよ」


 そう言って軽く笑っているが、笑いごとではないはずだ。


 他の人には見えないものが自分だけに見えるということは、同じ感覚や視覚を理解してもらい辛いため、周りの人から遠巻きにされることだってあるだろうに。


「……それ、あなたのご両親は何と言っているの」


「うーん……。体質なら仕方ないってさ。だから一応、魔除けの首飾りを持たされているよ」


 ほら、と言って彼は首に下げていた深い青色の雫型の石が付いた首飾りを見せてくれた。アリノアはすっと目を細めて、その首飾りをよく見てみる。


 恐らく魔具だ。誰が作ったのかは分からないが、かなり強力な魔法が施されているようだ。


「まぁ、両親も兄弟も見えない人だからね。でも、祖先には見えた人もいたらしいね。歴代の王族の中には魔力があった人もいたらしいから、もしかすると先祖返り的な力かも」


 その時、彼の笑みが作り物だと気付いた。誰にも理解してもらえない感覚を背負いつつ、生きるのは苦しい時だってあるはずだ。


 しかし、彼は抱いている感情を他人に覚られないように笑顔を作り、自分自身を誤魔化しているように見えたのだ。


「……何かあったら、言ってね。私なら……魔物も呪魔も倒せるから」


 まだ握られていた手をそっと繋ぎ返す。王子に対して失礼な奴だと思われるかもしれない。

 魔除けの首飾りに力を込めた魔法使いには及ばないかもしれない。


 それでも、彼の瞳の奥に見えた孤独の影が自分の心の中からどうしても拭えなくなってしまったのだ。


 王子であるにも関わらず見える力を持って生れたことは良い事ばかりではないはずだ。

 見えることはあっても、魔物や呪魔に対抗する(すべ)がなければ、奴らにとっては良い獲物にさえなり得る。


 そんな恐怖があるかもしれないのに、彼は何事もないように気丈に振舞っているように見えた。自分の勘違いならそれで構わない。


 だが、このままだと彼の心の中はいっぱい、いっぱいになって、いつかは――。


「ふふっ……。君は思っていたよりも、優しい人なんだね」


「なっ……」


「それにさっきの会話を聞いていたけれど、君が僕に魔法使いだって知られたら、何か処罰が下るんじゃなかった?」


「うっ……。それは……そうだけど」


 口の中でもごもごと反論する言葉を探したが見つからなかった。


「でも、それならそれで都合がいいな」


「え?」


 握った手が彼によって強く握り返される。そして、エリティオスはアリノアの手の甲に軽く口付けしたのだ。


「もう、取り消すのは無しだよ。君が言った言葉、しっかり覚えておくから」


 だから、と言って彼は悪戯っぽくにやりと笑った。


「僕の友達にならない?」


 まるでその言葉と瞳に逆らう選択肢はないと言っているように彼は意地悪そうに笑っていたのだ。


    

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