高まるもの
エリティオスが連れて来た王宮に仕える侍女達によって、アリノアはあっという間に濃い青色のドレスへと着替えさせられた。
侍女達はアリノアよりも十歳程年上のようで、皆が落ち着いた雰囲気の者ばかりだ。歳が近い若い侍女だったなら、もっと姦しいかもしれないと思っていたので、エリティオスの人選にはお礼を言いたいくらいだ。
名前を伝えた以外には特に話しかけられることもないまま、アリノアは淡々と侍女達から世話を受けていた。
……やっぱり、自分で色々とやる方が気は楽だわ。
親元に居た時は世話されていたが、今は寮生活をしている身だ。身の回りの世話をされることに慣れておらず、どの時機を見計らって侍女達にお礼を言えばいいのか悩んでいた。
色々と考えているうちに、自分の真後ろに立って、髪を結ってくれていた侍女がすっと離れる。
「はい、出来ました。……いかがでしょうか」
「えっ」
いつの間にか支度が終わっていると気付いたアリノアは目の前にある鏡台を真っ直ぐと見た。
自分の金色の髪は三つ編みを編み込んで一つにまとめたものになっていた。髪飾りとしてドレスに似合う濃い青色のリボンも飾られており、鏡の中の自分がいつもの自分と思えないアリノアは思わず目を瞬かせる。
「凄い……」
つい、零れてしまった一言に侍女達は穏やかに笑った。
「あ、あの、ありがとうございます……。すみません、突然お邪魔した上に、お世話になってしまって……」
後ろを振り返りつつ侍女達にお礼を言うと、彼女達は同時に横へと首を振った。
「エリティオス王子の大事なご友人ですもの。心を込めておもてなしさせて頂きますわ」
その言葉と笑顔に嫌味は全く感じられず、アリノアは内心安堵していた。
「それにこんなにも可愛い子を私達で、更に可愛く出来るんですもの。もう、腕が疼いて仕方がないわ」
「あら、私だって本当はこっちの髪型よりも、もっと優雅に見える髪型に結いたかったのよ?」
「でも、あなたの案だと、年相応には見えないし、派手じゃないかしら」
「ねぇ、首飾りはどれがいいかしら。あまり大粒のものよりも、簡素な感じの方がこの子の可愛さが映えると思うのだけれど……」
堰を切ったように侍女達は喋り出す。しかし、そのお喋りの内容はどうやらアリノアをどのように着飾るかについてのものばかりで、この状況をどうすればいいのか分からずにいた。
本当はお喋りをしたくて堪らなかったようだが、その声は決してうるさいものではなく、柔らかいものだ。
傍から見れば年上の姉が末の妹を甲斐甲斐しく世話を焼いているようにも見えるだろう。
すると扉を叩く音が部屋中に響き渡り、侍女達はお喋りをぴたりと止めた。その辺りはしっかりしているようで、先程と同じ仕事をする真面目なものへと変わっている。
侍女の一人が扉を開くとそこには王子の正装をしたエリティオスがいた。彼は自分の方を見るとぱっと笑顔になる。
「彼女の支度を手伝ってくれてありがとう。あとは下がっておいてくれて構わないよ」
「承知いたしました」
侍女達は腰を丁寧に折りつつ、すぐに部屋から出て行った。
その場に二人、残されると緊張してしまうではないかと去っていく侍女達の背中を名残惜しく見ていたが、はっと気づいた時にはエリティオスがすぐ傍まで来ていた。
視線だけ動かして、エリティオスの正装姿を改めて見てみる。
瑠璃色の外套の下は質の良さそうな青い上着を着ており、上着には王家の紋章である剣が蔦で囲われた模様が金色の糸で刺繍されている。
靴も普段履いているようなものではなく、新品同然の長い革製の靴を履いていた。そして金の細工が施された革のベルトには礼式用なのか剣が下げられている。
違ったのはそれだけではない。髪型はいつも下ろされたものしか見た事なかったが、丁寧に櫛で梳かれ、今は額の右辺りをかき上げられている。
その姿が絵本などで読んだことのある王子様のように見えて、アリノアはすぐに視線を逸らした。
「うん、思っていた通りだ。アリノアにはその色が似合うね」
にこりと彼が笑い、鏡面越しに視線が重なった。何となく気恥ずかしさが生まれてしまったアリノアはいつもの勝気な性格がどこかへ行ってしまったらしく、何と返事すればいいのか分からなかった。
座っているアリノアの真後ろに立った彼は耳元で小さく囁いて来る。
「……似合っているよ、アリノア。凄く綺麗だ」
「っ……」
響いた言葉が身体中を巡っていく。言葉一つでアリノアの身体は石のように固まり、そして頬は熟した実のように真っ赤になった。
「ははっ……。アリノアもそういう表情をするんだね」
「なっ……。ちょっと、からかわないで……」
反撃するために右手で作った拳を軽く上げて、後ろを振り返ろうとした時だ。その腕は簡単にエリティオスによって掴まれてしまう。
いつもなら、このくらいの力、簡単に振りほどけるはずだ。それが出来ないのはエリティオスの顔が数十センチ先にあるのが原因だと分かっている。
「……でも、言った言葉は本当だよ? それに綺麗なのはドレスじゃなくて、ドレスを着た君のことだからね」
「……」
息が出来なかった。心臓が高く鳴っている。このままでは、駄目だと告げているのに、アリノアは自分を見つめるエリティオスの視線から逃れることが出来ずにいた。
「まぁ、着飾らなくても君はいつでも素敵だけれどね」
最後にそう言ってから、エリティオスはアリノアの手をぱっと離す。自由が戻った右手には彼の熱がしっかりと残っていた。




