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気鬱と憧れ


「――ここだよ」


 エリティオスに通された部屋は教団の寮の自室より十倍程に広い部屋だった。

 それだけではない。床全体に布地が赤く、金の糸で細かく刺繍された絨毯が敷かれており、その上を歩くことをアリノアは一瞬躊躇してしまう。


 ……これ、きっと私の一年分の給料よりも高いわ。


 汚さないように歩くしかないと密かに思いつつ、アリノアはエリティオスを追いかけた。

 部屋の中は向かい合ったソファと長い台が置かれていた。どちらも年代物のようだが、大切に手入れされているらしく、傷一つなかった。


「ここは客間の一つなんだ。少し話をする際に使われる部屋で、今日はこの部屋を君に貸そうと思う」


「……え」


 エリティオスの方に振り返った時、自分はどんな顔をしていたのだろうか。彼は自分の顔を見てから、小さく噴き出していた。


「大丈夫だよ。両親達に君の話は通してあるから。この部屋の使用許可も侍女(じじょ)達は承知しているし」


「……そう」


 それはそれで、親公認の友人のようで気が重くなりそうだ。


 広い部屋で二人きりというのも中々、気が休まらない。いや、恐らく場所の問題なのだろう。

 学園内で二人きりなら、それ程気負わなくていいのだが、ここは王宮だ。誰が自分を見ているのか分からない場所で、迂闊に気を抜くことは許されない。


「確か、衣装箱を用意しているって言っていたけれど……。これかな?」


 エリティオスは部屋の中を探索し始めたため、その間にアリノアは足元に向かって呼びかけた。


「……ノティル」


「はいよ」


 ノティルが影を細く伸ばし、アリノアの肩口に小鳥の姿で留まった。


「どのくらい呪魔がいるの」


「さすがは王宮だね。もう、空気になっているんじゃないかと思うくらいに呪魔の気配が濃いよ」


「やっぱり……」


 人の欲望が渦巻く場所だと分かっているが、王宮内に入ってから、アリノアでも分かるくらいに呪魔の気配は濃いものだった。


 ただし、気配だけで姿は見られない。昼間という時間の関係もあるが、どこかに隠れているのかもしれない。


「あ、これだ。アリノア、来てごらん」


 エリティオスが手招きしながら自分を呼んだため、ノティルとの会話はそこまでとなった。


「何かしら」


「勝手にだけれど、君に似合いそうなドレスを数着、用意してもらっていてね。どれがいいかなと思って」


 エリティオスによって開けられている大きな衣装箱には数種類の色のドレスが入っていた。見た目は新品同様だが、まさかこれを着なければいけないのかというアリノアの表情に彼は楽しそうに頷く。


「きっと似合うよ」


 そういう問題ではない。ドレスというものが高級なのは頭で理解はしているが、それを着なければいけないという事実が追いついて来ないのだ。

 頭を抱えそうになるのを抑えつつ、アリノアは言葉を返した。


「……出来るだけ、動きやすそうなドレスにして」


「ドレスに動きやすいものなんてあるのかな?」


 一着ずつ、取り出してはこれも、それも似合うとエリティオスは言い始める。まるで服を買いに来ている年頃の女の子のようだとは言わないでおこう。


「……やっぱり、この色が一番似合うな」


 そう言って、彼が最後に手を留めたのは濃い青色のドレスだった。濃い青色の生地に白色で刺繍してあるもので、その生地の質が良いものだと聞かなくても分かっていた。


「……どうしてその色がいいのよ」


「え? それは君に似合うと思って。……あとは個人的に君がこのドレスを着るのが見たいからかな」


 エリティオスの希望も入っているらしい。アリノアは視線を再び戻して、ドレスをじっくりと眺めてみる。


 簡素な作りのように見えて、そのドレスは細部までこだわっているようだ。胸元はそれほど開いていないので、あまり露出の高い服を着たくないアリノアにとっては高評価出来るものだろう。


 正装用のドレスであるため、裾は長いが膨らんだように広いため、いざとなれば素早い動きはとれそうだ。ただし、靴ではなくヒールの付いたものを履かなければならないので、走ることは出来ないようだ。


「……あなたの見立てを信じて、そのドレスにするわ」


 正直、自分では選べないというのが本音だが、エリティオスはそれを分かってくれているのか苦笑しながら頷いた。


「それじゃあ、さっそく侍女を呼んでくるよ」


「え、一人で着替えるわけじゃないの?」


「まさか。髪も結わえたりするから、一人じゃ無理だよ」


「……」


 確かにいつもの髪型で国王夫妻と王子達がいる前に出るのは失礼にあたるだろう。アリノアは渋々諦めて、頷くことにした。


「……私、誰かにお世話されることに慣れていないのだけれど」


「そう思っていたから、ちゃんと気心が分かる侍女を用意しているよ」


 エリティオスは座って待っていてと言い置いて、部屋から出て行ってしまう。その場に一人、取り残されたアリノアはどうしようもない表情のまま、溜息を吐いた。


「……憂鬱かい、アリノア」


 からかうような口調が足元から聞こえる。


「分かっているくせに、意地悪ね。……影魔(えいま)はいいわよね。見た目を気にしなくていいから」


「むっ! それは全ての影魔に失礼だよ! 僕達だって外見には結構気を付けて変化しているんだからね!」


「でも、姿は変わっても色は変わらず真っ黒じゃない」


「それは影だから仕方がないだろう」


 全くもう、と呟きつつノティルは影の中へと戻っていった。再び静寂が訪れる部屋にアリノアは一人で立ったままだ。


 視線を動かせば、先程エリティオスが選んでくれたドレスが台の上に広げられている。


 女の子なら、いつかお姫様のような恰好をしてみたいと憧れる時が一時期あるものだ。自分にもそんな気持ちがあった気もするが、今となっては幼い頃に抱いた願望も忘れてしまった。


 ……お姫様、ねぇ。


 綺麗で煌びやかな服を着た自分を上手く想像出来ないアリノアは、濃い青色のドレスを眺めながら、小さく溜息を吐いた。


     


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