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呪魔狩り

 

 夜が深くなるごとに、呪魔の気配が濃くなっていくのが分かる。生み出された呪魔が誰を呪おうとしているのかは分からないが、このままエリティオスを校舎内に入れておくわけにはいかなかった。


「少し早足過ぎないかい?」


 斜め後ろを歩いていたエリティオスから声をかけられるも、顔だけ振り向いて、アリノアは溜息交じりに答える。


「あのねぇ……。そんなに悠長なこと、言っていられないのよ」


「別に急ぐ理由はないだろう?」


「一秒でもあなたを校舎の外に追い出したいの!」


 そう答えると、エリティオスは再び愉快そうに声を立てて笑う。


「まぁ、確かに僕の用事は終わったから、もう帰るだけだけど……」


「そうよ。さっさと帰りなさい。……ここは素人や子どもが来るような場所じゃないんだから」


「え? 何だって?」


 エリティオスが聞き返した瞬間、呪魔の気配が突然強くなったのが感じ取れた。自分でも分かる程の強い気配は近くにいる証拠だ。


「――アリノア! 後ろだ!」


 素早くノティルが影から出てきて、猫の姿へと変化する。腰に差した短剣を瞬発的に抜き、そのまま後ろへと振り返った。


「え?」


 ぽかりと口を開けたままのエリティオスが自分の方を見ていた。

 だが、呆けたエリティオスにお構いなく、アリノアは彼の後ろ目掛けて短剣を矢の如く突き刺した。


 大きくて黒く、丸みを帯びた塊は間違いなく呪魔だ。だが、先程の呪魔とは違い、色んな所に目玉がひょっこりと出てきては、きょろきょろと視線を動かしている様が何とも不気味だ。


「っ!」


 短剣が自分の左真横を通ったエリティオスは何が起きたか分からないと言った表情で動かないままだ。

 しかし、短剣を突き刺した状態のままでは止めを刺すことはできない。一時的に呪魔の動きを止めているだけに過ぎないからだ。


「――動かないで」


 静かにエリティオスに言葉をかける。重なり合った視線で、了解したとエリティオスが頷いたように見えた。

 アリノアはそのまま突き刺した相手に向けて、魔法の呪文を吐く。


「……この剣は(いかずち)。聖なる光を()って、かの者を(めっ)せよ!」


 短剣が内側から強く輝きだし、激しい音を立てながら光の鞭を呪魔の体内でいくつも作り出す。

 息を吐くよりも早く呪魔の身体全体が一瞬だけ光り、そして黒い塊は器が無くなった水のように形を崩し始める。


「ノティル、回収!」


「はいよー!」


 すぐにエリティオスの隣にノティルは立ち、今度は大きなライオンへと変化した。ライオンの姿となったノティルはすっかり縮んでしまった呪魔をぱくりと一口で飲み込む。


「ぷっはー。うーん、これは怨恨だぁ。少し辛いかも」


「味の批評は後回しにして! まだ来るわ!」


 アリノアは叫びつつも呆然としているエリティオスの腕をぐいっと自分の方に引き寄せた。


「わっ……」


 目を凝らすと、呪魔を食しているノティルの向こう側にまだ何体かの呪魔がいるようだ。


「仕方ないわね……。ノティル!」


「なに?」


「一人で片付けてくるから、この人を守って頂戴。絶対に傷を付けさせちゃ駄目よ」


「はーい。でも、回収はさせてねー? 今夜のために夕飯を抜いてきたんだから」


 のん気にそう答えつつ、ノティルはライオン姿のままでエリティオスの隣へと座り込む。


「エリティオス王子! あなたはそこから絶対に動かないで! いいわね!」


 怒鳴るようなアリノアの気迫に押されたエリティオスはまだ、目を開いたままで今度は大きく首を縦に動かした。

 それを確認したアリノアは大きく一歩前に出て、短剣を呪魔達に向ける。


「……あなたは分からないかもしれないけれど、気にしないでね」


 エリティオスの方に顔を少しだけ振り向いてから、困ったような表情でアリノアは小さく呟く。

 その時のエリティオスの表情は、何と言えばいいのか分からない程、複雑に見えるものだった。


 だが、そんなことを気にする余裕はないアリノアは気合を入れ直すようにふっと、息を短く吐き、呪魔の真正面へと駆けだした。

 

 確認できたのは呪魔三体。蛇の形へと変化したものと、まだ核が決まっていないものが二体だ。


 蛇以外の二体は小型であるため、倒しやすいだろうが、蛇へと変化してしまった意志の強い呪魔は早めに倒さなければ呪う相手に影響が出てしまうだろう。


 しかし、先に攻撃を仕掛けて来たのは形のない呪魔の方だった。

 呪魔は相手に呪いをもたらすという命令をかけられているため、その邪魔をする奴がいればもちろん怒るし、攻撃だってしてくる。


 攻撃の仕方もそれぞれなので、よく見極めなければ、自分がやられてしまうことだってあるのだ。


「くっ……」


 アリノアは素早く攻撃を躱しつつ、短剣を構える。


「大きいのを撃つから、頭を伏せて! あと、ノティルはその人の壁になってあげて」


「はーい」


 叫ぶアリノアの声に従うようにエリティオスは廊下の床上に片足を立てるように座り込み、ノティルは大鷲へと変化して、翼を大きく広げる。それを確認してから、もう一度前を見た。


「――舞う風よ……。私に従いなさい」


 ぱきりと氷が砕ける音があちこちから響き始める。短剣を掲げた頭上には氷の塊が少しずつ、周りに漂う空気に含まれる水分を一点に集中させ、さらに固体である氷へと瞬間的に昇華させていく。


曇りなき氷刃クリスタ・グラッフィロ!!」


 アリノアは頭上に二メートル近い氷状の剣を三本、作り上げる。

 掲げた短剣をすっと、目の前にいる呪魔に目掛けて下ろすと、動きに従うように氷の剣がそれぞれの敵目指して、目に留まらぬ速さで動いた。


 二体の形なき呪魔の身体を突き刺し、動けないようにしたが蛇型には尾を踏みつけるように刺しただけだった。

 蛇型の呪魔は自ら尾を噛み切って、捨て置く。どうやら、状況判断も的確に出来るようだ。


「外したか……」


 それでも、先にこちらの二体は倒した方がいいだろうとアリノアは一度、指を鳴らす。

 アリノアの号令に反応して、呪魔の身体を突き刺していた氷の剣は呪魔もとろも瞬時に粉末状に砕け散った。


「あーっ! 粉末状にすると、回収するのが大変なんだぞー!」


 後ろから食通のノティルが叫んでいたが、今はそれを無視する。


「……今度は外さないわよ」


 残り一体なら、集中しやすい。だが、襲い掛かって来るのかと思っていた蛇型の呪魔はこちらを強く睨むとその姿をすっと靄のように薄めつつ、景色に溶けていく。


「あ、逃げたっ!」


 呪魔は全てが全て、邪魔をされたからといって襲ってくるわけではない。今のように姿を一時的に消して、様子を見て再び姿を現すのだ。

   

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