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真摯の言葉


「……ノティル、盾を解いて」


「うん……。僕も出来るだけ援護するから、気を付けてね」


 ノティルが伸ばしていた影の盾がアリノアの足元に吸い込まれるように縮んでいく。視界が開けた向こう側には、こちらの様子を窺いながら佇んでいる呪魔がいた。

 エリティオスがジュリアの方へと歩を進めていく。


「――ジュリア・リメール」


 はっきりと告げられる声に蛇型の動きが一瞬だけ止まったように見えた。アリノアは攻撃に備えて、短剣をしっかりと握りしめ直す。


「聞いて欲しい。多分、君にはただの言い訳にしか聞こえないだろうけれど……」


 紡がれる言葉はジュリアに届いているのだろうか。呪魔の鋭い瞳はじっとエリティオスを探るように睨んでいた。


「僕は決して、君を拒絶したわけじゃない。だが、僕が発した我儘が君を傷付けてしまったことを謝りたいんだ」


 呪魔の尾が弾くように床を叩く。その音に怯むことなくエリティオスは言葉を続けた。


「自分の本心に沿わない結婚はお互いに傷付くことになると思ったから、全てを断ったんだ。その時の僕は自分の事しか考えていなかった。いや、今だってそうだ。こうやって向き合うだけで君を傷付けているのだろう」


 瞬間、呪魔の尾が鋭いものへと変化してエリティオスに向けて弾丸のように飛んできた。


「っ!」


 アリノアはエリティオスを背で庇いつつ、仕掛けられた攻撃を短剣で弾き返すように薙いだ。


 その場にぼとりと音を立てて、呪魔の欠片が少し(うごめ)いてから動きを止める。すかさずノティルがその欠片に向けて、口を大きくして吸い込むように食べた。


 威嚇しているのか、呪魔の口から細い舌が見え隠れしている。それでもエリティオスはまた一歩、前へと進んだ。


「だから、君には……いや、誰にでも自分らしく生きて欲しいんだ。自分の思い通りに生きるのは難しいことだと思う。それでも、どういう自分になりたいかという意思を大切にして欲しいんだ」


「……」


 アリノアは呪魔の攻撃に警戒しつつも、エリティオスの言葉に耳を傾けていた。

 傍からすれば、綺麗事を並べているようにしか聞こえないだろう。それでも、アリノアの耳には彼の言葉が重く響いて聞こえた。


「行く先の道を選べるのは自分しかいないんだ。並べられたレールの上から、飛び出すには自分自身の勇気が必要なんだ」


 その言葉は彼自身に言い聞かせているようにも思えた。王子という身分が彼の中でどういうものかは知らない。


 それでも、用意されていた道を疑うことないまま通ることが出来なくなったようにも聞こえて、アリノアは胸の奥に押し寄せてくる何かを留めた。


 エリティオスを威嚇するように呪魔が黒い息を吐く。アリノアはノティルと一緒に、呪魔の攻撃を見極めようと感覚を研ぎ澄ませ、集中していた。


「……引いていくね」


 影からノティルが出てきて、ぼそりと呟いた。アリノアがじっと呪魔を見ていると、少しずつジュリアの身体が見え始めて来た。


 ……もしかして、エリティオスの言葉が聞こえているのかしら。


 ジュリアの右手が見えた瞬間、エリティオスがまた一歩近づいていく。驚いたアリノアはそれを止めようと彼の肩へと手を置いた。


「……大丈夫だよ、アリノア」


 言葉は震えていないのに、表情が寂しく見えるのは何故だろうか。


「……」


 アリノアは肩を掴んだ手をそっと離した。

 エリティオスがジュリアへと近付き、ジュリアの手へとそっと自分の手を添えたのだ。その時、ほんの少しだけジュリアの手が震えたのが見えた気がした。


「僕の言葉は君にとっては軽率なものだと思う。自分の意思で生きる道を選び取るのはそう簡単に出来ることじゃないと分かっている。でも……」


 エリティオスが握った手から少しずつ呪魔が引いていくのが分かった。


 こちら側が見えているかもしれないと思ったアリノアはジュリアから短剣が見えないように背中へと回して、そっと隠した。


「でも、君自身が選び取った上で、僕を慕ってくれるというならば、何度だって向き合おう。僕には僕が大切にしたい意思があるから絶対的に全ての気持ちに応えられないかもしれない。けれど、自分に向けられる本当の気持ちには真摯(しんし)に向き合いたいんだ」


 エリティオスの瞳は真剣そのもので、目の前にいるジュリアを真っ直ぐと見ていた。少しずつ呪魔が引いていき、そしてジュリアの全身が見え始める。


 ……言葉だけで、呪魔を引かせるなんて。


 このようなことは初めてだ。自分はいつも呪魔を斬ってばかりいるため、エリティオスのように言葉で説得する方法があるとは知らなかった。


 いや、エリティオスだからこそ、言葉が効いたのかもしれない。そこにはきっと当人達しか理解出来ない感情があるのだ。


「……アリノア、呪魔が分離していくけど、どうする?」


 ジュリアを取り込んでいた呪魔がゆっくりとその身を剥がすように離れていっている。


 確かにこれなら呪魔を消し去るために攻撃はしやすくなるが、ジュリアが見ている以上、手を出す事は出来ない。アリノアはノティルに向けて首を横に振り返した。

 それを承知と受け取ったのか、ノティルはじっと構える姿のまま待機した。

  

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