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心と盾を備えて

   

 翌日の放課後、授業が全て終わり、ほとんどの生徒が部活や下校などで賑わっている時間、アリノアは一人で屋上にいた。


 屋上の四方にガラス瓶に入れていた呪文で清めた聖水を撒き、聖水を撒いた方向から四方の中心へと向かう。誰も周りにいないことを確認してから、服の下に隠していた短剣を抜いた。


「……」


 自分の身体の中で漂っている魔力を短剣に注ぐように意識を集中させて、アリノアは宙に向かって空間を斬るように四角形の線を描いていく。


「――その壁は見えず、何人(なんびと)も通す事無かれ。不可視の鉄壁インヴィジブル・ムーロ


 呪文を唱えた瞬間、四方に撒いていた聖水が淡く光り出し、直線を空に向けて描き出す。直線に伸びた線が光の柱となり、柱同士を繋げるように、淡い光が薄い壁を作りながら四方を結んで行った。


「よし、とりあえずこれで大丈夫ね」


 今、行なった魔法は屋上の外から見えないようにするための魔法である。結界魔法でもあるため、壁の外に攻撃が漏れ出ないようにもなっている優れた魔法だ。


「おーい、アリノア」


 屋上の出入り口の扉から、眠そうな顔のクレアがやって来る。その後ろにはエリティオスも付いて来ていた。


「サリチェ課長から許可を貰ってきたぞ。エリティオスの同行の件、認めるそうだ」


 任務に一般人が同行してはならないと決まっているが、状況と場合によっては上司からの許可が下りれば同行出来る規定が密かにあるのだ。


 しかし、エリティオスは一般人である上に王子であるため、難しい手続きが必要だったらしく、昨日サリチェに申請したにも関わらず、許可が下りるまで丸一日かかったようだ。


「……危険かもしれないと分かっているのに、物好きな課長だわ」


 許可を申請したのは自分だが、やはりあの課長は他の課の課長と比べてどこか緩い気がする。溜息交じりにアリノアが返事をするとクレアは口の端を少し上げて小さく笑った。


「アリノアが一緒だから大丈夫だろうと言っていたぞ。良かったな、信頼されていて」


「それ、信頼されているというよりも、面白がって任されているだけじゃない?」


「ふむ。それも同感だな。……あと、ジュリア・リメールに夕方、屋上へと来るようにと呼び出しもしておいた。何の用だと不審がられたけどな」


 クレアの言う通り、普段から話をしない相手に呼び出されたら首を傾げたくなるに決まっている。


「来るか来ないかはジュリア次第だろう。……私は帰らせてもらうから、後の事は二人で頼んだ」


「え、帰るの?」


 クレアが片手を挙げた状態で背を向けようとするのをアリノアは呼び止める。


「だって、私は戦闘能力皆無だし。基本は後方支援だっていつも言っているだろう」


 あとは宜しく、と言ってクレアはさっさとその場から立ち去ってしまう。


 確かにクレアは情報収集を専門としているので、戦闘能力がないのは知っている。

 だが、見守るくらいは出来るだろうと思っていたのに、さっさと帰るなんて薄情な親友だとアリノアは軽く溜息を吐いて、立ったままのエリティオスの方へと振り返った。


「それじゃあ、あなたにも防御魔法を念のためにかけさせてもらうけれど、いいかしら?」


「え? あ、うん。宜しく頼むよ」


 魔法をかけられることに緊張しているのか、エリティオスはぴしりと背を伸ばして木のように真っすぐ立っていた。顔も少々強張っているようだ。


「……そんなに緊張しなくても、痛いことなんてないわよ?」


「それは分かっているけれど、直接、魔法をかけられるのは初めてだからね」


 苦笑しつつも、まだ緊張が解けないらしく、エリティオスは大きく肩を竦めていた。


 アリノアは右手に持つ短剣の先端をエリティオスへと向ける。一つ、深い呼吸をしてから、防御魔法の呪文を唱え始めた。


「――身に覆うは霧の鎧。纏うのは鉄より重きもの。吹き抜ける風はその身を守り、汝が盾となる」


 エリティオスの見た目に変化はないものの、初めて魔法を受けただけあってか、彼は目を瞬かせつつ、己の身体に何か変化が見られるか、あちらこちらを眺めていた。


「……何となく、身体全体が温かくなった気がする」


 不思議なものを見たような感想にアリノアはつい小さく噴き出してしまう。


「それならちゃんと、魔法がかかっている証拠だわ」


 アリノアは短剣を服の下に隠している鞘へとおさめてから、再び向き直る。


「とりあえず、ジュリア・リメールが来るまであなたは壁の陰にでも隠れていてくれる?」


「分かった。様子を見て、彼女に姿を見せればいいんだな」


 エリティオスの言葉にアリノアは軽く頷く。もしかすると、最初からエリティオスの姿があれば、ジュリアは無言のままで帰ってしまうような気がしたのだ。


 ……図書室で会った時も、すぐに背を向けていたもの。


 余程、ジュリアはエリティオスに会いたくないのか、それとも他の理由があるのかは分からないが、念のために隠れて貰っておいた方がいいだろう。


「……ねぇ、聞いてもいいかい?」


「何かしら?」


「もし、ジュリア・リメールの呪魔が襲ってきたとして、君はそれを斬るつもりではいるんだよね」


「えぇ。もちろんよ」


 それが自分の仕事である。


「でも……。斬っただけなら、呪いが再び生まれてくることはないのかな。憎しみや恨みなんかは、呪いというものが無くなっただけで、簡単には割り切れる感情ではないだろう?」


「……確かにそれはそうね。呪いとしての核は無くなるけれど……。呪った時の感情や対象に抱く気持ちが消えるわけではないもの」


 それでも、「呪った」という事実だけである程度の自己満足が得られるのか、すぐに次の呪魔が形成されるわけではないのが常だ。


 ……でも、今回みたいにしっかりと形が定まっている呪魔は久しぶりだわ。


 ここ最近は核の定まらない呪魔しか斬っていなかったが、呪いの核を成した呪魔相手だとそれなりに気合を入れ直さなければならないだろう。


「……アリノア」


 エリティオスが名前を呼んだため、アリノアは顏を上げる。


「……気を付けてね」


 眉を少しだけ寄せて、心配するようにこちらを窺ってくるエリティオスにアリノアは小さく息を吐いてから答えた。


「えぇ。あなたの方こそ、いざとなったら逃げてね?」


「うん、善処するよ」


 苦笑しながらエリティオスは返事をして、アリノアに背を向ける。


 屋上は広いが給水塔などがあるため、隠れる場所がないわけではない。

 本当のことを言えば、エリティオスには安全な場所に居てもらいたいが彼の希望なので仕方がないと自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


「……ノティル」


「んー、何?」


 アリノアの影からひょっこりとノティルが子猫の姿で顔を出す。


「いざとなったら、彼の盾になってあげてね」


「了解」


 自分が直接、動くよりも影のノティルの方が動きは早い。もし、呪魔がエリティオスを襲う事態になったなら、ノティルには自分の援護よりもエリティオスの防御に回ってもらいたい。


   

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