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踏み込めぬ心

 

「あの女生徒のこと、色々分かったぞ」


 紙製の容器に入ったオレンジジュースを片手にクレアは机の上にいつのまに作ったのか調査書を置いた。


 昼休みにいつもの場所というのは決まっているのだが、今日も同じようにエリティオスと一緒に食事している。

 今日はお昼ご飯を買う暇があったのか、売店で買ったと思われるクロワッサンを食べていた。


「彼女は一組のジュリア・リメール。真面目で規律を重んじる性格ゆえに、お堅いと周りから言われているようだ」


「ジュリア・リメール……。一度も話したことないわね」


 アリノアは作って来たパスタを絡めとったフォークを持ちつつ、調査書を手に取って眺める。

 調査書には顔写真も載っていたが、それでも顔を今まで何度か見たことがある、という認識しかない女生徒だ。


「実は彼女の家は代々政治家を輩出している家でな。昔は貴族だったらしい」


「あぁ、なるほど。それで厳しく躾けられているって感じなのかしら」


「ご明察」


 確かにイグノラント王国には少し前の時代まで貴族がいた。だが、流れゆく時代とともに貴族制度は廃止されている。つまり時代が時代なら、このジュリアという女生徒は御令嬢だったということだ。


「あの……」


 すっと、エリティオスが手を挙げた。


「僕、この人の名前、聞いたことがあるんだけれど」


「え? どこで?」


「確か、王宮で……第二王子妃にどうですか、お見合いしませんかって薦められた人達の中にこの人の名前も載っていたかな」


 クレアはここまでの情報は掴めなかったのか、口をぽっかりと開ける。


「……それ、確かなの?」


「間違いないよ。でも、当時はまだ十三歳になったばかりだったし、婚約者とか興味がなかったから、そういう話は両親に全部断ってもらうようにしていたんだ。……まぁ、好きな人くらいは自分で選びたいよね、このご時世」


 そう言って彼は、何でもなさそうにクロワッサンに噛り付く。


「じゃあ、このジュリアがエルを狙っているっていうこと? それで呪っているというの?」


「僕は一度も会ったことはないよ。妙齢の女性と話す機会なんて今までなかったくらいさ」


「へぇ、意外だな。エリティオスの事だから女性の相手なぞ、お手の物だと思っていたぞ」


 からかうような口調のクレアにエリティオスはさらに肩をすくめる。


「そんなことないよ。これでも女性相手は初心者さ」


「どうかしらね……」


 アリノアは頬杖をつきつつ、適当に相槌を打ち、調査書をじっと眺める。


 ……つまり、さっきすれ違った時に呪魔が見えたのは、エリティオスがいたから?


 だが、彼女が一人のところを確認しなければ、エリティオスに反応して呪魔を出しているとは決定しにくい。


 これは一度、一人でこの女生徒に話しかけてみた方がいいだろう。反応の出方次第で、今後どのように任務を遂行させるか考えなければならない。


「それで話って何なの?」


「あぁ、そうだった。忘れるところだったよ。……実はおまじないの出どころを探してきたんだ」


「本当?」


 クレアは鞄からすっと、書類を取り出す。


「情報元はどうやらとある出版社が出した雑誌に載っていた、おまじないの特集が組まれているものからのようだ」


「……とりあえず、このおまじないが信ぴょう性のないものだって言いふらして、潰した方がいいのかしら?」


 出どころの雑誌に載っているおまじないに信ぴょう性があり、効くものかどうかは判断つかないが時々、無意識に力を持った人間が危機感のないままおまじないを行い、それが発動してしまうことがたまにあるのだ。


 世の中の女子には悪いがおまじないは効かないものだとはっきりと言い張って、止めさせていくしかないだろう。


 それでも、どこかで同じようなおまじないが広まっていくのは目に見えている。

 こちらが後から追って、一つずつ切っていくしかない、いたちごっこばかりが続いているように見えてアリノアは軽く溜息を吐いた。


「そうだね。……例えばこのおまじないに手を出した奴は恋が成就しない呪いが逆にかかってしまう、なんて嘘の噂を流してみるのもいいかもしれないな」


 クレアの表情がすっと黒いものへと変わる。情報収集も得意だが、情報操作も得意なクレアのことだ。あっという間に嘘の噂が周囲に流れていくに違いない。


「……出来るだけ、穏便にしてよ。女の子を泣かせるなんてことしないようにね」


「もちろんだとも」


 机の上に出していた資料をクレアは再び鞄の中へと収める。


「だが、アリノア。君も気を付けないと、そろそろ効果が出る時だぞ」


「はぁ? なにを?」 


「もしかすると、エリティオス目当ての女子から嫌がらせを受ける可能性だってあるだろう。……まぁ、いじめになるようなことになれば、こちらから相手にとって流されたくはない恥ずかしい噂を流してやるけどな」


「……ほどほどにね。でも私、女子から嫌がらせを受けたくらいじゃあ、どうということはないわ。せいぜい、悪口か冷たい態度を取られるくらいでしょ? こっちは普段から危険な任務に身を投じているんだから」


 さすがに女子同士で乱闘などはないだろう。だが、女子には手を出さないと決めているので、いざとなったら逃げるしかない。


「とりあえず、蛇型についてはこのジュリアをしばらく監視してみるよ。……おっと、私は授業前に先生に呼ばれていてな」


「……また、宿題提出していないの?」


「だって、提出する意味が分からないじゃないか。まぁ、長い説教でも聞いてくるさ。それじゃあ、二人はごゆっくり」


 クレアは手を振りつつ、その場から颯爽と立ち去っていく。クレアの堂々とした後ろ姿を見ながら、アリノアとエリティオスは顔を見合わせて小さく笑い合った。


「まだ、時間はあるし、私達はお言葉に甘えてゆっくりしましょうか」


「そうだね。……アリノア」


「ん? なあに?」


「……昨日は本当にごめんね」


「……まだ、謝っているの? もう、いいって言ったでしょう?」


「昨日の傷、見せてもらってもいい?」


「え? いいけど……」


 アリノアは上着を脱ぎ、シャツを上まで捲る。エリティオスは自然な動きで、その腕をそっと手に取った。


 昨日、呪魔から受けた傷は教団の医務室の医師に魔法で治してもらったため、もう傷跡はなかった。


 あったとしても、一か月後には消えているような傷だし、どちらかと言えば呪魔から流れて来た感情などの方がきつかった。だが、それも昨日だけだ。今はもう何ともない。


 それなのに、エリティオスの苦悶に満ちた顔が先程までの笑顔に戻ることはない。


「ほら、もう傷はないでしょう? 心配しなくてもいいわ。たまにこういうことはあるのよ」


 呪魔より危険な魔物を夜な夜な退治している魔物討伐課よりは傷は少ない方だ。

 あちらはもっと酷い傷を負うことがあるらしいが、人気職であるため、所属する人間の数は増える一方だと聞いている。


「……うん、でもやっぱり……。君が傷付いてしまったのは僕のせいだと思うんだ」


「だから、そうじゃなくって……」


 突然、手をぎゅっと強く握られる。驚いたアリノアは思わず顔を上げて、エリティオスを見た。


 自分はまだ、彼のことをよくは知らない。だが、それでも彼が何かに苦しんでいるということは見ていて分かる。

 でなければ、これほど辛そうな表情を演技で出来るわけがない。


「……エル、あなた……」


 何かを背負っているのは分かるのに、それを聞いていいかどうかが分からない。その一歩を踏み出してもいいものなのか、迷ってしまう。


 アリノアが何か言いたそうな表情になっているのに気付いたのか、エリティオスははっとした顔ですぐに手を離す。


「あ、ごめんね。つい……」


「それは別にいいんだけれど……」


 アリノアは袖を戻して、上着を着る。のどかであるはずの時間はどこか、迂闊に話しかけられないような雰囲気になっていた。


「あの、さ……。良かったら放課後、一緒に図書室へ行かない?」


「図書室?」


「本の借り方を教えて欲しいんだ。まだ、一度も借りたことがなくって」


「分かったわ。じゃあ、授業終わりにね」


「うん。ありがとう」


 エリティオスはまるで表情を作るようにいつもの笑顔へと戻る。


 ……どこまで踏み込めばいいのよ。


 護衛をしろと言われたが、彼にとって入って来て欲しくはない範囲はどこまでなのか見定められないでいた。


「そうだ、アリノアのお薦めの本とかあるなら教えて欲しいな」


「そうねぇ……。長編でいいなら、教えてあげるわ」


「本当かい? 楽しみにしておくよ」


 出来るなら、この笑顔を曇らせることはしたくない。アリノアはそのために、自分がいるのだと改めて自覚した。


   


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