8話 秘密の花園?
砦の塔には、シルキーですら足を踏み入れたくない場所がある。
「あっあん。は、はぁん」
因みに声の主は9割9分逞しく響く。
シルキーが今日こそは、と足を向けたのだが、先客がいたらしい。
城騎士達が来てからというもの、大繁盛で結構なことだ。
扉の前まで来て、シルキーの心は折れたけど。
この場所で、一体何が行われているのか。
いや、知らない方がいいから『秘密の花園』なんだよね?
その場所は、ケガや病気そして悩み事に至るまで、100パーセント解決してくれる夢のような場所ではあるらしいのだが。
シルキーは少し悩んだ末、もうしばらく幻聴と付き合う方を選んだ。
☆☆☆
ディストロという場所で働いていると、ケガをすることは当たり前のように思えるだろう。
だがしかし、普段の医務室は暇であった。
医務室が賑合うのは、1年の内、城騎士がやってくるシーズンだけである。
なぜなら城騎士は知らなくて、砦騎士は知っているからだ。
医務室を牛耳る第3部隊が、変態の巣窟だってことを。
第3部隊て、そもそも医師ですらないのかい、という突っ込みはどこからもやってこないな、そういえば。
腕がちぎれても、足がちぎれても、なんなら頭しかなくても、息さえあればなんとかしてくれるのが、ここ、ディストロ医務室だ。本当にすごいのだ。
中にいるのは医師じゃなくて、研究熱心の第3部隊だけど。
故に、魔物と戦い敗れた城騎士は、仲間のちぎれた肉片をかき集め、医務室に駆け込んだのだろう。
腕がいいことは、国中、いや、世界中に名を轟かせるほどに有名だもの、仕方ないよね。
砦騎士達は、ケガをするようなヘマはしない。
その前に逃げ回る体力をつける。
天災級の化け物に対峙するなんて、自分の力を過信した戦い方をするのは馬鹿げている。
化け物には化け物を。
これ、常識である。
☆☆☆
心を折ったシルキーが仕事に戻ろうとした時、誰かがドタドタと駆け込んできた。
シルキーの横で、必死に医務室の扉を叩いている。
「どうしました」
顔を出した医師団っぽい何かは、運び込まれた物体を見つけて色めき立った。
「おお、これはいい検体がやって来ましたな。しかし我々にその身を預けてくれるのに、痛みがあるのはかわいそうではないか?」
「隊長、これはこの間発明されたばかりの、痛みを快感に変える新薬です」
「ではまずこれを経口摂取させて……おや、気絶しておりますな。では肉に直接ぶち込みましょう」
肉片をかき集め、大切な仲間を医務室に引き渡した城騎士の目の前でバタンと扉は閉じられた。
そんな会話を聞いたら、残された彼らには不安しかない。
その上、心配な彼らが留まっていると聞こえてくるのは冒頭の、うん、だ。
因みに、神業を駆使した、れっきとした治療行為のみ、である。
城騎士の名誉の為に天から降ってきた声に、シルキーは「へ〜」と興味無さげに呟いた。
ふと顔を上げたシルキーは、駆けつけた城騎士が最近よく見る城騎士だと認めた。
一瞬ラックベルタがケガをしたのか?と心配になり、そんな自分に戸惑う。
待て待て、シルキー。お前はあの時の誓いを忘れたのか?
胸に蘇る切なさがこみ上げてきて、自問自答する。
いや、別に彼の事が気になったわけじゃないよね、うん。
ちょっとラッカーに似ているから、昔を思い出して懐かしくなっただけ、そうに違いない。
それに運び込まれたのがラックベルタだったとして、私、関係ないもんね?
シルキーは頭をひねって、それからそれら振り払って、そしてその場を後にした。
日をまたいで明け方、部屋の扉がギギ〜ッと開いた。
施術を受けた何人かの男達が、颯爽と部屋を出てきた。
彼らの中で、確かに何かが変わったのだが、彼らは中であった出来事を口にすることはないという。
故に、秘密の花園の秘密は、秘密のままでいる。
「ところで、今度の検体1026号は左手人差し指から魔弾が飛び出ることにいつ気がつくでしょうね、ムフフ」
あ、うん。やっぱり何かされてたみたい。