19話 ミルタの子供達
ナージェスが、今回モッ木から誕生した魔族であると判明した。
真相がわかって胸を撫で下ろした約2名は、けれど平和にはならなかった。
なぜなら、ナージェスが砦に住み着いたからだ。
『パパとママと一緒にいたい』
生まれたばかりの行き場のない、目をうるうるさせて訴える子供を、追い出せるような鬼畜がいるだろうか。
だが、あの時叩き出しておけばよかった。
と、カシュータとアルゴン、それからラックベルタは思っている。
ナージェスの関心は、ミルタとシルキーに限定されているからである。
適当に庇ってくれて、お菓子もくれる女子にももちろん愛想はいいが、べったりと、それはもう、べ〜ったりとくっつくのはミルタとシルキーだけなのだ。
そして3人は知っている。ナージェスが見た目通りのかわいいだけの存在ではないことに。
ナージェスの魔の手から、ミルタとシルキーを守ろうとする3人の努力は涙なしでは語れまい。
そんなこんなで、なんとかナージェスの尻尾をつかんで、主と恋人に黒ナージェスに気づいてもらおうと躍起になっているが、まだ成果は出ていないようである。
ていうか、あの後猛烈なアピールで、誤解が解けて恋人になれてよかったね。
周りの人、みんな泣いてたもんね。
……シルキーの物分かりの悪さに。
今後も頑張れよ、ラックベルタ。
ママ、ママと懐かれるミルタは、最初こそ苛立ちから言葉遣が悪くなったりもしたが、最近では情がわいたのか一緒に添い寝までしてやるようになった。
ミルタはナージェスと共にベッドに入り腕枕なんかをして、彼を寝せているのだ。
甘えて抱きついてくるナージェスの髪を撫でながら、子供というかわいい生き物の幸せを噛み締めて、ミルタは毎夜目を閉じる。
だからミルタは知らなかった。
ミルタが寝入ると、それをきちんと確認したナージェスが、そっとミルタの首に歯を当てていることに。
普段は見せない、大きく剥き出しになったそれで、ミルタの首から微量な血液を取り込むと、ペロリと唇を舐めた。
ママの魔力は高貴な、品格が強い魔力だ。ちょっと硬質で。とくに甘い香りがするわけでもないママの魔力でさえ、これほどの甘さなのだ。
シルキーのあの香り立つ魔力を舐めたら、どれほど甘いのだろうか。ナージェスはうっとりとミルタを眺めた。
その姿は10歳の子供ではなく、明らかに成熟した魔族そのもので。
ミルタの顔の横に肘をつき、彼の顔を覗き込む彼の。
美しく長い黒髪も、時折黒目が紅く光る怪しげな色気も、全てが幼さを持ってはいないのだ。
ナージェスはニヤリと笑みを浮かべた。
なぜなら今日はいつもと違うことが起きていたからだ。
部屋の隅にはその様子を一部始終見ながら、ナージェスの魔力の前に、声も出せず動くこともできない2人がいる。
顔中ベタベタの汁をくっつけて唸る彼らに、これでもかと見せつけるように首筋を舐めあげた。
「ぐぅ"う"〜!」
人の羨望や嫉妬の、なんと楽しいことか。
強い想いを持った信奉者のいる食事は、腹を満たすだけでなく、心の愉悦まで満たしてくれるのだから。
だから、この美しい食事と、あの美しい少女を。
手放すわけにはいかないのだ。
ああ、早くシルキーも味見したい。
次の日、いつものようにナージェスと共にミルタが部屋に入ると、ベッドにはカシュータとアルゴンが寝そべっていた。
「どうかしたのか?」
そのおかしな光景に、ミルタはなんとか言葉を絞り出す。
一瞬部屋を間違えたかと思ったが、そんなことはない。
なぜならミルタの部屋はこの砦で1番広くて豪華な造りになっている。見間違えるわけなどない。
「いつもいつも、ナージェスばっかり構ってずるいですよ。俺たちだってミルタ様のことが大好きなんです!」
「そ、そうか?」
いや、そこは10歳の子供と争うなよ、という言葉は出てこなかった。
ベッドも驚くほど広いため、4人でも寝られはするだろうが。
「ミルタ様は俺らのことを嫌いですか?」
哀しそうな2人を見ていると、つけ離すのも何やら違う気がしてきた。
「い、いや。か、かわいい弟みたいに思っているよ」
「じゃあナージェスと一緒ですもんね!いいですよね!」
「う、うん」
両側を大男に挟まれ、拗ねた子供が腹の上に乗り上げた。
いつもと違う様子に思うところがあるのか、ナージェスが「ママ、ママ」と脇腹や胸を弄るのもくすぐたい。
しかし、しかしだ。
こんなに大きな子供が3人もいて、それでもいいと、にこやかに笑って嫁いできてくれる女性はいるのだろうか。
ミルタは思った。
…………ね、寝にくい。
ミルタ編終わりですかね(*´╰︎╯︎`๓)
次回は5月1日です
(。>∀<。)