音楽相談所での初仕事-1
そんなことがあった翌日にお店に行くと、岩原さんからこの後お客さんが来ると告げられた。
私は、何をしたらよいですか。
そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ昔からの友達ですから。そこにいてくれれば。何か必要があったとしたら私からお願いします。
ありがとうございます。初めてのことで。
そんな話をしているうちにお客さんが来る予定の時間になった。するとノッカーが扉をたたいた。
はい。今行きます。
そう言って岩原さんは玄関に向かった。扉が開く音がした後、楽しそうな笑い声が玄関から聞こえ、そしてリビングに入ってきた。
あら、新しい人を雇ったのね。珍しい。
それほどのことでもないでしょ。私だって一人ではこの家を回してはいけないわよ。
でも、これまでは基本一人でやってたじゃない。
そんなことより、今日はどんなようできたの?まさか、顔を見に来ただけとか言ったらお金とるわよ。
そんなわけないでしょ。ちゃんと依頼も持ってきたわよ。
「も」ってことはなんかほかのこともあるってこと?
相変わらずのことながら察しがいいわよね。そうよ。
ま、立ち話もなんだし、ゆっくり座って聞こうじゃないの。そうだ、お茶を入れてもらってもいい?
あっ、はい。わかりました。
突然自分に話がふられてびっくりしてしまったが、気持ちを入れなおしてキッチンに向かう。
そして、紅茶を入れ、持っていくと私も座るように促された。
そのあとの話と、あとで岩原さんに聞いたところでは次のようなことらしい。
今来たのは、飯野さんといい、岩原さんの中学からの友達で時々仕事の依頼を持ってきてくれるお得意さんだそうだ。
今回の仕事の内容は、飯野さんの友達の息子がおじいちゃんから楽譜をもらったらしいが、五線以外何もなく誰のなんという曲かもわからないので調べてほしいという事だった。
ちなみに仕事以外の持ってきたものとは北海道旅行のペアチケットであった。そのため、初仕事であるにもかかわらず、一人でやることになってしまった。
岩原さんにさすがに初仕事を一人でやるのは小説でもないからあり得ないでしょうと言うと、楽譜を写させてもらった後、こっちに来てネットで調べればすぐにわかる類の仕事だといわれた。また、何かあれば電話で対応してくれるという事なので渋々納得した。
それから3日後、依頼のあった家に行くことになった。店からは電車で二駅程度しか離れていなかったので迷うこともなく着いた。普通のマンションの8階のようだ。
インターホンで部屋番号を押し、呼び鈴をならすとと返事があった。
はい。
音楽相談所のものです。
ありがとうございます。
自動ドアが開くとほぼ同時に通話が切れた。先に進む途中の共有スペースの中にスタジオルームがあった。最近のマンションに増えているということを住宅雑誌で見た記憶がある。
依頼主の部屋は3LDKの普通の部屋だった。音楽相談所など普通の生活からは縁遠いものだと思っていたが、意外と身近なものなのかもしれない。
依頼主は四十代の夫婦だった。先日祖父母が将来のことを考えてこのマンションに引っ越す際に出てきた楽譜だという。
その他の楽譜は出てこなかったのですか。
そう尋ねると、
他には練習曲の本がたくさん出てきました。でも、それ以外にピースで出てきたものはありませんでした。
これ以上は何も知らなさそうだったので、依頼主の祖父母に会えないか話したところ、まだ東京に出てきてはいないという事なので、楽譜を写して店に帰った。依頼主には二週間以内に連絡すると伝えた。
店に帰り、岩原さんに教えてもらった方法で、楽譜の内容をもとにネットで調べた。しかし、該当する楽譜がないという結果が表示された。
予想もしていなかった現象に驚きつつ岩原さんにメールをした。そして、何度も楽譜と検索の内容を調べたが該当楽譜がないことに変わりはなかった。困り果ててパソコンの前で呆然としていると後ろから声がかけられた。
君が新入り?
突然声をかけられて驚いて後ろを見ると同年齢くらいの女性が立っていた。
どうせ、楽譜の曲探ししているけど該当する曲が見つからないって困ってたんでしょ。仕事できないなぁ。だから新入りを入れなくていいって言ったのに。ちょっと貸して。調べなおしてみるから。
勢いに流されて席を譲るとすごい勢いでキーボードを叩き始めた。
あの、貴方は?
私?本当にあいつ何も伝えずに旅行に行ったんだ。私は岩原彩夏。憎たらしいことにここの店主の娘。普段は来ないけどこんな風に旅行に行くと店が空になっちゃうから代わりに入ってる。で、ほらやっぱ出てきたよ。
探していたのに見つからなかったものがいとも簡単に見つかってしまったことが信じられずに、半信半疑で画像をのぞくと、確かに手元の楽譜とほとんど同じものが映っていた。
この楽譜をみるとさ。
そういって手元の楽譜を指さした。
元の楽譜で伸ばしている音のところで連打してみたり八分音符でトリルの動きをさせてみたりしているでしょ。だから、作った人は結構年配の人で自分がピアノを習ったときのままトリルを入れたかったんだと思う。でも弾く人の技量的に全部トリルにはできなかったからこうなったんだと思う。
ということは、それほど技量のある人が弾こうとしてたというわけじゃないし、作った人もプロじゃないと思うよ。あくまでも勝手な推測だけどね。
今さっきの一瞬でここまで気づいたことに驚いてしまった。
何、ぼーっとしてるの。早く曲名をメモして。依頼してくれた人には君が伝えに行くんだから。
慌てて画面を見て写そうとしたとき、手元のスマートフォンが震えた。




