おにわの木
ブルルン、ブルルン
まだまださむい三月のはじめ、にわがある家の前に、車が一台止まりました。
「ここだよ、葉月」
うんてんしていたお父さんの声に、葉月は車のドアをひらいて、新しい家の前に立ちました。
「うわぁー、赤いかわらのお家だあ」
たかたかたか…
「あ、おにわがあるー!」
にわには、かわいらしく囲いがしてある花だんと、木がありました。
地めんにはしばふがしきつめられていて、春が近いことをしらせるように、お日さまの光の中、きらきらとかがやいて見えました。
「すごいすごいーっ」
葉月はうれしくなって、とびはねました。
「葉月がこんなによろこぶなんて、やっぱりにわがある家にしてよかったわね」
と、にこにこわらいながら、後ろから来たお母さんが、葉月の頭をやさしくなでました。
「そうだろう?赤いやねもお前が言った色にしてよかったな、きれいだ」
お父さんもまんぞくそうにわらっています。
「気に入ったかい?葉月」
「うんっ、すごいかわいいよお父さん!それに花だんがあるから、お花そだてられるねっ、お母さん!」
「そうね」
わらい合う三人を、やわらかな光がつつみこみます。
「こんにちはー」
その時、元気のいい、大きな声が聞こえてきました。
「だれかしら」
「ひっこしセンターだろう、行ってくるよ」
「まあ、もうついたのね」
「車もうごかさなきゃいけないな」
「おにもつ、とどいたの?」
「そうだよ。でも葉月にはまだおもいだろうから、にわであそんでいてくれるかな?」
お父さんはそう言ってすわると、お母さんと同じように葉月の頭をなでました。
「お手つだいする!」
(一人であそんでもつまんないっ)
ぷくりとほおをふくらませる葉月に、今度はお母さんが声をかけました。
「ありがとう葉月。でもおもいからあぶないの。このおにわにいて、ね?」
お母さんにまでそう言われると、葉月はしぶしぶうなずきました。
お父さんとお母さんは顔を見合わせてわらうと、葉月の頭をなでてから、げんかんの方へと歩いていってしまいました。
一人になってしまった葉月はつまらなくなって、その場にいきおいよくすわりこみました。
「つまらないよ~」
そう言って顔を上げると、自分のせより高い木が目に入りました。
「これ何の木だろう」
立ち上がって見に行くと、葉っぱがつやつやとかがやいていました。
「う~ん…分からないよ~」
「どうしたの、葉月」
りょう手を頭にあてて、木の前を行ったりきたりしていると、お母さんが声をかけてきました。
「お母さん」
葉月がかけよって行くと、ガラスとびらをあけていたお母さんは、目線を合わせるようにすわりました。
「あのね、あそこに木があるでしょう?でもね、何の木かは分からないの」
「あれかな?」
お母さんがゆびをさした木に、葉月はこくこくとうなずきました。
「あれは…ちょっとまってね」
そう言うと、お母さんは自分の近くにおいてあるダンボールをあけて、中から本を一さつ出しました。
ぱらぱらとページをめくっていくお母さんのすがたを、葉月はうれしそうに見ています。
お母さんは花や木にくわしくて、名前や色を教えてくれます。
(やっぱりお母さんはすごいな)
葉月はうれしくなると同時に、だれかにじまんしたくなりました。
(あたしのお母さんは、花や木にくわしくてすごいんだからっ)
「そうね、このページの中のどれかよ。自分で当ててみようか?」
「うんっ、ありがとうお母さん!」
葉月はお母さんから本を受け取って、にこっとわらうと木の方へもどっていきました。
お母さんもわらいかえすと、ダンボールをもち上げて家の中へと入っていきました。
「えっと…」
ページにあるしゃしんと、目の前に立っている木を葉月は見くらべます。
「あ…これに、にているっ」
葉月がゆびをさしたしゃしんの下には“金木犀”と書かれていました。
目の前の木とにたしゃしんと、花をさかせているしゃしんがあります。
「“きんもくせい”っていうんだ…」
ふりがながついている名前の下には、せつめい文もありました。
「秋…花…黄色…におい…」
ぽつり、ぽつり。
とぎれがちに葉月は言葉をつむぎます。
「この金木犀の木も、秋になったらきれいなお花さかせて、いいにおいがするのかな?」
本から顔を上げて、葉月は目をきらきらとさせながら、木を見つめました。
その時です。
「それ、金木犀じゃないぞ」
きゅうに聞こえてきた男の子の声に、葉月はおどろきながら声がした後ろをふりかえりました。
「それ、金木犀じゃないぞ」
家を囲うさくの向こうの道に、男の子が立っています。葉月と目が合うと、もう一度、同じことをくりかえしました。
(だれ?)
「秋になっても黄色い花はさかないし、金木犀の強いにおいもしない」
「何でそんなこと言うの?」
葉月はむっとしました。本を見て一生けんめい見くらべたのに、金木犀じゃないと言われたからです。
「本見たもん、本、まちがわないもんっ」
そう言って葉月は見ていたページを男の子につき出しました。
「…よく見てみろよ、もう一つ、にているのがあるだろ」
「…?」
そう言われて本を見ると、たしかに金木犀のとなりに、にたような木のしゃしんと白い花のしゃしんがあります。名前は…。
「銀、木、犀…」
「多分な。秋になるまで、分からないけど」
男の子はそう言うと、さくからはなれて、歩いて行ってしまおうとしています。
「あ…まってっ」
葉月は思わずよび止めました。
「何?」
「えっと…教えてくれて、ありがとう」
その言葉に、今度は男の子がおどろいて目を丸くしました。
その顔に、葉月はまたむっとしました。
「お礼言ったのに、その顔はひどい」
「だって、お前、さいしょ、まちがってないって」
「花の色も見てないのに、きめつけるのはよくないって思ったのっ。それにお前じゃないもん、井上葉月、名前は葉月だもんっ」
むかむかが大きくなった葉月、とうとうおこって顔をそむけてしまいました。
男の子はこまったように頭をかいて、またさくの近くにもどってきました。
「おこるなよ」
「おこってないもんっ」
「おこってるじゃん、お前」
「うるさいっ、名前言ったのにっ」
「わるいわるい」
「………っ」
「あー…おれは青木星太、四月から小学三年生」
「小学三年生?」
いきなりふりかえった葉月に、星太はびっくりしながらへんじをします。
「?ああ」
「小学校の名前は?」
「森田小学校」
「…いっしょ!あたし森田小学校にてん校してきたのっ、四月から小学校三年生!」
葉月の言葉に星太はもっとびっくりしましたが、葉月がにこにこしているので、思わずにっこりとわらいました。
「ね、お家どこ?」
「もう少しこの道行ったところ」
「学校はこっち行くんだよね?」
「そう。…おれ、もう帰らなきゃ」
そう言って星太はさくからはなれて歩き出そうとしました。葉月は何だかさびしい気持ちになりました。
しかし、こんどは星太が立ち止まってじっと葉月を見ました。
「…何?」
「同じクラスならよろしくな。それと、その木がどっちなのか、秋になったらいっしょに見ようぜ」
にかっとわらってそう言った星太に、葉月はうれしくなって大きくうなずいてにっこりとわらいました。
「うんっ」
秋。
葉月の家の、にわにあった木がさかせたのは、白くてかわいい花をたくさん。かすかなにおいをはこぶ銀木犀でした。
銀木犀の花言葉の中に、こんな言葉があります。
『初恋』