出会いは突然に(6)
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「なぁ、お前らあの外人とどういう関係な訳?」
進んで教室。窓辺の自分達の席に座っていると噂好きの生徒が早速下でのやり取りについて聞いてきた。正悟はそれを聞いて心底嫌そうな表情を浮かべた。
「なぁんにも、別にぃ、ただの顔見知りってだぁけ」
―――怒っているなぁ。
不機嫌な様子も隠さず正悟は言った。
「でもあの外人、すっげーお前達と仲よさげだったじゃん」
「だーかーらー関係ないっつーの。誰が好き好んであんな変人と仲良くするかってーんだよ」
変人? と不思議そうに周りの生徒。
「確かに変わり者だろうけどさ、ヤマダなんて名乗ってたし。そもそも外国人なんだから変わっているのはしょうがないんじゃん。それにほら、日本が好きで住み始めた外国人って感じじゃね」
「わかってない。お前らは何も分かっていないんだあの男の正体を」
まぁ、誰も初対面が川で浮かんでいなかったら不自然とは思わないだろう。職員室から出てきたところでも少し変わった外人といった感じだろうか。もっとも、普通の外国人なんて良く分からないからとりあえず外人でくくってしまうだろうけど。
もっとも、今日見た感じだとその片鱗すら見れない。というか、黙っていれば大分いい男だったと思う。
「兎に角、仲いいんだろう。何やってた人なんだよ」
「それが、全く。何やってる人かも分からない」
そういえば僕らはあの人が変人で川で浮いていた、連れを探しているということ以外情報がない。や、詳しく知ろうとも思わないけれどもね。
「じゃあ本名とかも知ってるんだろう。ヤマダとか名乗ってたけれど、どうせ偽名なんだろう?」
「それが、僕らもヤマダっていう名前以外知らないよ。あ、因みに下の名前もしっているけれど聞く?」
マジ、何それ、知ってんの!? 僕らを取り巻く彼等のテンションは高い。また、良く見れば興味なさそうにしていた周りの生徒も聞き耳を立てている。
唯一、正悟だけがそれを言うか、と呆れていた。
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「何なんだよ、下の名前って」
「タロウ。ヤマダタロウって名乗ったよ、あの人」
静まり返る教室。気まずそうな空気。
「……ヤマダタロウって」
「……まぁ、変わっているな確かに」
聞いちゃ不味いことを聞いたような空気になってしまった。
「ああ、でもそういうユニークがある人なんじゃないか、あの人って」
「それはない。ユニークとかそういうのじゃなくて、アレは間違いなく素でやっている。そして、満足しているのは本人だけだ」
正悟が断言する。僕も同意見だった。
ただ、そんなことを言うもんだから教室はなんだか居た堪れない雰囲気になりかけていた。
「ま、まぁでもこんな片田舎に来る外人なんて何のようなんだろうな」
「あれじゃね、出稼ぎに来ている外人」
「それは隣の三分塚じゃね?」
「ELTの先生とか」
ないなー。ないねー。僕と正悟は小声で話した。
正直、自称ヤマダに英語を教わるってイメージが浮かばない。というか、あの怪人が人を教えるということが考えられなかった。
「ほらお前達いつまで話している。席に戻れ」
と、教室の扉が開き今まで臨時職員会議をしていた担任が教室に入ってきた。ふけた顔をした先生だった。
180cm程の身長。巌のような筋肉質の体型。そのくせ気だるそうな表情。
雰囲気からして初老を思わせる落ち着きぶりなのだが、実際のところまだ20代後半という実年齢からかけ離れた感じの男。それが僕らの担任、新崎先生だった。
先生の呼びかけで席を立っていた生徒、雑談していた生徒は自席に戻っていく。
僕らの周りにいた友達も立ち去る。その様子を見て正悟はほっとした様子だった。
「それじゃあホームルームを始めるが、その前に一つお前達に言うことがある」
そういうと、新崎先生は一瞬こちらを見た。
……嫌な予感がする。
正悟もチラッとこちらを見た。その目は何かを悟ったような目をしていた。
「早速話の早いやつは聞いていると思うがこの学校に転校生が来ている。でだ、その転校生というのがうちのクラスにやってくる」
聞いた途端沸く教室。男子比重多め。例の可愛い女子か美人の女子の話である。
だが、僕と正悟は見合う。何せあの博士の連れ子である。真っ当なはずがない。
静かに、と新崎先生は言った。
「それじゃあ早速入ってきてもらうからな」
入れ、と扉に声を掛ける。クラスの視線が一斉に扉に向いた。
出入り口が開く。どんな凄い人がやってくるのだろう。
そう持っていると予想外の驚きが待っていた。
入り口。扉から入ってきたのは女子生徒だった。
半袖のシャツにサマーセーターに飾り気のないチェックのスカート。その下は黒いタイツ。
僕と同じくらいの身長で、黒い絹のような髪をショートカットにしている。
何よりも目を引くのは見たものを虜にしてしまいそうなほどの可憐な顔立ち。
そして、何よりも驚いたのはその生徒があの怪人連れ子だということ。
鳶が鷹を産んだのか、はたまた一切血縁のない娘なのか。何はともあれ不憫としかいいようがない。
教室に入ってきたのはあの桜の木の近くにいた彼女だったのである。
静まり返る教室。誰もが見惚れていた。そして、正悟でさえ息を飲んでいた。
「今日からこのクラスの生徒になる山田だ。それじゃあ、自己紹介」
言葉を失った生徒たちに先生は言った。その言葉に生徒たちは我に返る。
思わぬ転校生の登場にクラスがざわついた。先生が静かに、と声を掛けるもそれは彼等の耳に入らない。
何より僕も驚いた。驚いて言葉もない。そんな僕を知った顔でにやついていた正悟は見ていた。
と彼女、山田さんのさくらんぼのような唇が動く。その動きにクラスのみんなは注目し、また別の意味で裏切られたのだった。
「初めまして。私の名前は山田彩月です。父にあたる人物に言われてこの学校に入学しました。けれど、正直なところ私は学校に行く必要ありません。だって私完璧だもの。それに、どうせ直ぐにこの町にいられなくなると思います。皆さんどうか私のことを気にしないでください。私も貴方たちのことを気にしませんから。短い間ですがどうぞよろしくお願いします」
目を丸くする僕。ぽかんとする教室。顔を押さえる新崎先生。正悟でさえ茫然としている。
あの変人博士の連れというのだから不憫だと思ったが、なるほど。これはこれで腑に落ちる。
詰まる所、彼女もまたあの博士と同じようなタイプの人間だったのである。




