彼女と僕と(15)
「……何なんだ、アレ」
壊れかけの校舎の中、中東風の兵士達は今し方外で起こった光景を茫然と見ていた。
「アレが俺達が戦っていたもの?」
「冗談じゃない。あんなものどうすればいいっていうんだ」
「そうだ、さっきのパルス爆弾」
佇んでいた一人の兵士がいった。
「無駄だ」
壁に背を預けて座り込んでいたJは、苦々しく言った。
「隊長」
「奴は既にハーヴェイと接触している。イガキも話していただろう、奇襲の1回のみなら効果があるだろうが2回目は意味がない、と」
吐き捨てるように彼は言うと、自嘲するように笑った。
「チャンスはあった。お前達の言うとおりあいつを破壊すべきだった。あの時、2階に俺達はなりふり構わずアイツを壊すべきだったのだ。だがしなかった。結果はどうだ、子どもには邪魔され、挙句にこの有様だ」
そういって立ち上がる。
「作戦は失敗だ。俺達に奴等を止める術はない」
彼の言葉に兵士達は顔を伏せた。
その時。
「通信? このタイミングで?」
不意に一人の兵士が腕につけた自分のタブレットを見た。
しばらくその画面を注視していたが。
「た、隊長!」
慌てて叫んだ。
「なんだ?」
力なく答えるJ。通信を受けた兵士はすばやく彼の元に行き、自らのタブレットを渡した。
もはや興味もやる気も失せていたJだったが、その画面に表示された内容の分を見て途端に顔を赤くさせて怒りを露わにした。
「クソッタレ、ふざけるなよ!」
そう叫ぶと彼は壁を思い切り殴りつけた。そして、あらん限りの悪態をついた。
不意な銃声に僕等は一斉に振り返った。
「なんだなんだなんだ、今度はなんだ?」
「体育館の方からだぜ」
「なんか、凄い撃ってるけど、まさか……」
次いで、悲鳴。それでも銃声はやまずにいた。
一瞬、嫌なイメージが浮かんだ。
「いや、それは無い。彼らだって好き好んで人殺しなんぞやるわけが無い」
「じゃあ、何で銃を撃ってんだよ、あいつら」
三九二君がハーヴェイさんに言った。
と、絶叫と共に体育館の全ての出入り口が開いた。そこから雪崩出るように生徒達が一斉に外に向かって走り出ていた。
「え、何、どうゆこと?」
「逃げてる、んだよね」
「人質の解放って穏やかな感じではねーけど、かといって逃亡って感じでもねぇなぁ」
追い立てられるように生徒達は体育館外にでて、さらに敷地の外へとひた走る。さながら牧羊犬に追われる羊の群れようだった。
「むしろ逃がされてる?」
訳が分からなかった。ふと見たハーヴェイさんも困惑した表情を浮かべていた。
その時、携帯の着信がなった。ハーヴェイさんのだった。
「アイツからだ」
そういうと彼は通話のボタンを押す。
『今すぐそこから逃げて!』
大音量で彩月さんの声が響いた。
「一体どういうことだ?」
ハーヴェイさんが電話越しに彩月さんに聞いた。
「今すぐそこから逃げろ!」
不意にどこからから声が掛かった。Jの声だった。
声のする方向を見てみれば、屋上の縁、どうやってか2、3人の兵士達と上ってきていた。
「はぁ、逃げろだ? 人の事散々追い回しといて今更……」
上がってくる彼を睨んで、正悟は怒っていった。
「無人機がここ目掛けて飛んできている!」
そういうJに不快そうな表情をして三九二君が続ける。
「無人機っつってもあんたらの味方だろう。何だってあんた達も心配するような……」
「アーリントンの連中は俺達ごと爆撃する気だ!」
「「よし、逃げよう!」」
非難の声を上げていた三九二君と正悟は即座に意見を変えた。
「いや、彼が嘘ついて僕等を連れて行こうとしているって言うことも考えられないかな?」
僕が言った後にハッとなる二人。
「どうだろう。今更そんなことする意味も、した後どうにかする気力も残ってないだろうしね、彼ら。嘘はないんじゃない。それよりも太平洋沖に原子力空母がいたのはそういう理由だったのね。ペンタゴンの連中正気じゃないよ」
合点がいったように頷くハーヴェイさん。
「しかしそれにしたってそんな情報いったいどこからだい? とてもじゃないけどペンタゴンの連中が君達に情報をリークするとは思えないけれども。作戦が作戦だし、部下が知ってるとも思えないし」
「お前の仲間の日本人からだよ」
井垣君かぁ、と呟くハーヴェイさん。
「彼、助けたいんだか邪魔したいんだか良く分からないねぇ」
「けどよ、そういってやっぱり騙そうって気じゃねーよな」
「あんなものを見せ付けられて今更我々がどうこうできると考えていると思うか。人質にとって死んでもしたらそれこそ取り返しが付かなくなる」
言われて、あー、となった僕等三人。
「……で、どうするよ」
「今回は信じてもいいんじゃないかな。それにほら、逃げ道ないし」
先の蜘蛛型ロボットとの戦闘の余波で校舎は倒壊寸前。下の階には大穴開いてるし、まともに帰れる気はしない。
「それじゃ、よろしく」
ハーヴェイさんが言った。その時、空から甲高いエンジン音。その場にいた全員が空を見上げた。
遥か遠く、太平洋側の空から編隊を組んだ5機ほどの飛行機が真っ直ぐこちらに向かっているのが見えた。
「って、きてんじゃねーか!」
「飛ばしてたんだろう。事前に。何かあった時のために。まったく、嫌な連中だよ」
そういってハーヴェイさんは不愉快そうに空を睨み付けた。
「兎に角、走れ!」
Jが叫び走る。僕等もそれに続いた。最後、ハーヴェイさんが遅れて小走りで追ってくる。
校舎端まで辿りついた。そこには垂直の壁に杭が何本も刺さっており、そこにロープがくくりつけてあった。
「……コレを降りるわけ?」
躊躇する三九二君。
「悩んでいる余裕はないんじゃないかな」
と言いつつも僕もあんまり降りたくない。
とはいえ、他に選択肢は無い。他の大人たちはさっさとロープに捕まっていく。残っているのはJと空を見上げているハーヴェイさんだけだ。
次いで、正悟が降りる。信じられないようなものを見るような目で三九二君はその様子を見ていたが、意を決してその後に続いた。
「あ、撃ちやがった」
ハーヴェイさんが言った。僕とJも空を見上げる。
5機の飛行機が描く真っ直ぐな軌道とは別に、こちらに近付いて来る、雲を尾に引いた物体が迫っていた。
「クソッタレ!」
吐き捨てるようにJが叫んだ。
飛行機は学校の敷地の上空を飛んでいく。それらが放ったミサイルは後数分もしない内に到達するだろう。
とてもじゃないが間に合うとは思えない。
だが。
「彩月さん!」
校舎の壁を蹴って上がって来たのか、それとも一息で飛んできたのか、屋上を越えて空へと彼女は飛んできた。
「鬱陶しいのよ!」
そういって身体を捻り、回りながら何かを投擲する。それはこちに向かうミサイルを的確に狙い、そして命中した。
空に浮かび上がる炎の球。
「呆れた奴だ」
隣でJが心底呆れたように吐いた。
「でも、これでミサイルは……」
「……ッ! まだ!」
彼女が叫ぶと同時に、火の玉を裂いていくつ物の細かい物体が落下してきた。
「クラスター爆弾だと!」
隣のJが叫んだ。
不味い、と咄嗟に振り返ってロープに捕まろうとするが既に遅い。
雨のように降り注ぐ小型の爆弾は、あっという間に学校へと降り注ぎ、そして爆発した。