彼女と僕と(14)
やりすぎた感がある。
飛び降りた彩月さんは音も無く着地した。
屋上を見ていたシュピレはその視線を彼女に向ける。次いで、けたたましいほどの警報。先ほどの光景を目の当たりにして最も危険なものを把握したのか、蜘蛛型のロボットは二門のガトリング砲を彼女目掛けて発砲した。
秒間に何百発も殺到する鉛の弾。彩月さんはそれを見て笑い、走った。
迫り来る弾丸をものともせずに彼女は猛進している。
……猛進している?
「あのー、見間違いじゃなければガトリングの弾を避けて進んでいるように見えるんですけど」
「ああ、避けてるね。まぁ、避けれるだろう」
三九二君の言葉を聞いたハーヴェイさんがさも当たり前のように返した。
何千発の弾をばら撒いて尚進む彩月さんに、シュピレは火炎放射を放つ。
茜色の炎が彩月さんを巻く。あっという間に彼女は火達磨と化した。だが次の瞬間、炎が弾け跳ぶ。弾けた炎の中から無傷の彩月さんが現れた。
火炎放射はまるで彩月さんの前に壁があるように遮られていた。
遮った炎が飛び散り地面で燃える。
「あー、アレ知ってる。弾避けてた奴だ」
正悟がいった。
「あー、アレ。いやね、ハチソン効果ってオカルトなのかなって試してみたら実際に再現出来ちゃって。私もピアノ線かなんかだと思ってたんだけどあの実験映像本当なんだなぁ、と。や、作ったとうの本人が言うのもなんだけど未だ信じられない」
ハーヴェイさんが返した。
「ハチソン効果? なんすかそれ?」
「ざっくばらんに言えば反重力発生装置でも言っておこうかね。いや、私がそれぐらいを重点にしか見て無くて、それ以外だったら金属を溶かしたり曲げたり、物を壊したりできるけど、それって別のでも出来るじゃない。あ、流石にテレポートは無理だったけど。そもそもの発端はハチソンっていう胡散臭い自称発明家がある実験映像を公開したのが発端で……」
「具体的な説明はいいんで詰まる所、何?」
「そうね、さっきも言った通りざっくばらんに説明すると反重力発生装置だね。物質にかかる重力をゼロにして物を浮かせることが出来るんだ。それを応用して空を跳んだり、物を浮かせたりすることが出来るんだ」
すごいでしょ、とハーヴェイさん。ぽかんとする僕等三人。
「アイツはそれをつけている。今見ているのもそれを応用したものだ」
「だったら最初からアレ使えばいいじゃねーの? 態々弾避けなくても」
「さっきアイツがいったろう本気だすって。見せ付けたいだけなんだろう、まったく以前だったら最適化をしてもっと手早く済ませていただろうに。まぁ、余分は人間に近付いているということかな」
言って笑うハーヴェイさんを呆れたように見る正悟。
飛ぶ弾丸も、全てを焼く炎も物ともしない彩月さん。
その二つで駄目だと判断したシュピレは地面に刺していた杭を引き抜く。そして、八本の足で器用に後ろに飛んだ。彼女はそれを追う。
飛びながら砲身と火炎放射器は彩月さんに向けたままで、さらに格子状の背中のハッチが一斉に開く。中には無数の白い円状の物体。
「あ、不味い」
それを見たハーヴェイさんが反射的に伏せた。
「少年達、吹き飛ばされたくなかったら伏せるんだ」
は? と僕等が言った瞬間、蜘蛛型ロボットの背中が火を噴いた。
ハッチの中の円状のものが一斉に飛び立つ。
ペンキ缶のサイズのそれは後ろから炎を上げ、煙が尾を引いた。
「なにアレ!?」
「ミサイルだ、アレに収まるように頑張って小型化した!」
叫んだ三九二君にハーヴェイさんが叫んで返した。余計な事を。
背中のハッチは全て開ききっていた。文字通りの一斉掃射。複数のミサイルは尾を引いて宙を舞い、彩月さんに襲い掛かる。
彼女は迫るミサイルを見てさらに加速した。
直雨後、彩月さんに殺到したミサイルが爆発した。
鼓膜を破らないばかりの轟音。校庭に広がる爆炎の半球。その爆風と熱波がこちらにも伝わった。
「う、おおおぉぉぉッ!?」
「む、無茶苦茶やってんな!?」
「敵も味方もないよ、コレ!?」
爆炎は黒い煙に変わり、まるでグラウンドが燃えているようにもうもうと立ち込めた。
僕等の学校のグラウンドは戦地よりも酷い有様だった。
その煙の中、赤い目を光らせシュピレが着地していた。真っ黒で何も見えなくなったグラウンドに尚銃弾と炎を撃ちつづける。
「こりゃ流石に彩月ちゃんも……」
その惨状を目の当たりにして三九二君が溢した瞬間、あたりを覆う黒い煙の一角が晴れた。
その中心にいたのは彩月さんだった。
「知ってた」
正悟が言った。
あの爆発の中、彼女は一切の傷を負わずにただ走っていた。
現れた彩月さんにシュピレは足近くの砲身を二門彼女に向け発射した。彼女はそれを殴りつけた。
「もう何が起きても驚かねーよ」
殴られて地面にぶち当たる砲弾は、巨大な土柱を上げた。
「よくもまぁ散々ぶちかましてくれたわね」
何をしても止まらない彩月さんに、機械であろうシュピレが身を引いた。
「それじゃ、今度は私の番よ」
彼女が飛ぶ。10メートル程の距離を一瞬で縮め。
「お返し!」
蜘蛛型のロボットは逃げる間も与えず、彼女は炎を吐くその頭部目掛けてそのままとび蹴りをかました。
「あーあ。やりやがった」
実に惜しそうにハーヴェイさんが溢した。
拉げる頭部。軋んで砕ける金属音。割れたガラス片が飛散し光を反射する。
潰れて裂けた隙間から火炎放射用のタールが漏れ、それから炎が上がる。
そして、その巨体が地面から離れ、そしてあろう事か宙に浮いて吹っ飛んだのである。
「やった!?」
「いや、まだだ」
蹴り飛ばされたシュピレは頭部から炎と電気を出しながら尚まだ動きその姿勢を変える。
腹部をせり上げレールガンの砲身を彼女に向ける。
飛びながら、蜘蛛型のロボットは主砲に火を入れた。
「あのポンコツまだ撃つ気だ」
「ポンコツって、酷いなぁ」
「でも、正直なところ無駄じゃね?」
「まぁ、それ以外方法がないというか」
シュピレを蹴飛ばした彩月さんは地面に着地し、すっ飛ぶロボットの眼下に立ち尽くす。
「いいわ、かかってきなさい」
グラウンドを滑空するように吹っ飛ぶ蜘蛛型は、そのまま健在の八本の足を地面に突き刺し無理やり止まろうとした。
地面は抉られ土煙を上げる。それでも止まらず下がり続けるシュピレはそのままレールガンを発射した。
眩いばかりの光を放ち、銀色に輝く砲弾は真っ直ぐ彩月さんを狙い。
「くたばれ!」
叫んだ彼女は踏み込み飛んできた弾を思いっきりぶん殴った。
爆発が起きたような大きな音と光。殴られた砲弾はまるで空中で止まっているように彼女の拳の前で静止していた。
円柱のような形をしていたそれは、踏み潰されたような空き缶みたいな形に変わっていた。そして、飛んできた速度よりも早く蜘蛛型のロボットへと返された。
シュピレが回避する間もなく砲弾の潰れた頭部へと激突した。瞬間、頭部から腹部にかけて一瞬で粉々に吹き飛んだ。
弾はそれでも尚止まることなくそのままサッカー場に突き刺さり、巨大な土の津波を起こした。
遅れて、衝撃波が僕等を襲った。
「やばい、兵隊に殺されるよりアイツに殺される!」
風に伏せる正悟が叫んだ。聞かれてなけりゃいいけど。
衝撃波が収まり顔を上げて僕等が見たのは、もはや残骸寸前の校舎と、奇跡的に窓ガラスしか割れてない体育館と、穴だらけになったグラウンドと、地面に突き刺さった八本の金属の端と、その先に出来た巨大なクレーターと、そして佇む彩月さんの姿だった。
「なんつーか、出鱈目とかそういう次元のもんじゃねーな、アレ」
「徹底的ってレベルじゃないんですけども」
「とりあえず笑えばいいのかな、コレ」
一転してもはや落ち着き払った僕等はそんな惨状を眼下に思わず溢した。
そして、そんな惨状の真っ只中にいる何事も無かったかのような彩月さんは振り返った。
振り返った彼女は満足そうな表情で笑っていた。




