彼女と僕と(10)
幾千もの弾丸が鉄筋コンクリートの壁を穿つ。逆さまの雨のような鉛の弾は、真っ直ぐ空に向かって突き進み、破片を僕等の上に落としていく。
「本当に、無茶苦茶よあいつら!」
轟音の中、彩月さんが叫んだ。
「どうする、これじゃあ進みようがないよ」
「分かってる。けど、何かしら。狙って撃ってる訳じゃない」
そう彩月さんは推測するも、ガリガリとコンクリートの壁を削って撃ってるあたり狙ってるとしか思えない。
「連中、私達じゃなくて何かを狙っている?」
いった途端、彼女は階段のほうを向いた。
「そりゃ来るわよね」
そういうと彩月さんは僕の持っていたスタングレネードを取ると、安全ピンを引き抜き再び階段に向かって投げた。
伏せた。直後に階段から閃光。爆発の音はそれ以上の轟音にかき消されて聞こえない。
光が弱まったのを感じ顔を上げると彩月さんが指で教室側に下がるように指示し、残りのスタングレネードを全部取った。
僕は頷き匍匐前進で教室側を目指す。
後ろから彩月さんもスプレー缶状のグレネードを階段に投げながら僕の後ろを付いてくる。
轟音と閃光と、天井から降りしきる残骸。
砂のようになった破片を頭に被りながら移動をしていると、突如頭上から丸い物体が目の前に落ちてきた。
「丸い、爆弾?」
金属製の、パイナップル型の手榴弾とも鉄球とも違う、機械的なデザインの球体だ。
「……そういう」
同様にそれを見た彩月さんがしまった、といわんばかりの反応を示した瞬間、金属の球体が開いた。直後、稲妻が辺りに走った。
反射的に身を伏せた。強く目を瞑って身構えた。
数秒くらいそうしていて、何も起こってないことに気付いた。
「なんとも、ない?」
顔を上げて自分の身体を見回すけれど、なんら以上は見られない。
ふと見た球体は割れて四つに分かれている。それ以外では床が焦げ付いているだけで、他に異常はなかった。
異常といえば、あれ程撃ちっぱなしだった銃が止んでいる。
「……彩月さん」
振り返って彼女の名前を呼んだ。
見れば彼女はうつ伏せのままその場に横たわっていた。
「……彩月さん?」
返事はない。僕は戻って彩月さんに近付いた。
うつ伏せのまま彼女は一切動かない。
肩を叩いても揺すっても反応はない。
揺すったときに頭も動いて顔が見えた。彩月さんは目を開けたまま気を失っていた。
気を失っているというよりもそれはまるで死んでいるようにも見えた。
「動くな!」
幾重にも重なった足音と怒鳴り声が聞こえた。顔を上げれば階段から複数の兵士達が僕たちの来た階段から現れた。
彼らはうつ伏せに倒れる彩月さんを見て一瞬警戒していたが、動かない彼女を見てざわついていた。
「……お前達、彩月さんに何をした?」
僕は彼らを睨んでいった。
「本当に効果があると思わなかったがな。あのクレイジーな男の仲間の科学者が言っていたことだ。お前と同じジャパニーズだ。クレイジーというなら俺から見たらそいつも同じだが、まぁ、話が通じる分マシな奴だけどな」
まさか返ってくるとは思わなかったけれど、流暢な日本語だった。それに僕は少し驚いた。
「その球は2メートルくらいだけに効く小規模な電磁パルスを発生させる物らしい。そのジャパニーズが造った。奴が言うには、クレイジー野郎はそれの初期設計で電気に対してだけは対策をしていなかったんだとさ。で、性格的に考えて未だにデバックはやってないだろうと。半信半疑だったが、まさか本当だったとは」
喋る兵士は先頭にいた人物だった。
「彩月さんを物扱いするな」
「物じゃないとしたらそれは何だ。その球体は人体に対してはなんら影響のない物だ。だからお前は平気でいるんだろう。しかし、それはどうだ。俺の部下を尽く倒し、飛ぶ弾は全て跳ね返し、挙句にそこらへんに落ちている物を武器にする。それが人間と呼べる代物か?」
兵士は吐き捨てるように言った。
「物だよ。それは人を殺す為の道具。単なる兵器だ」
顔に巻かれた布から覗く目が、僕等を心底不愉快そうに見下ろしていた。
「違う。彼女は兵器じゃない。彼女は人間だ」
それを僕は睨むように見据えた。
「まるでくだらない映画か安い小説、コミックみたいな文句だ。一緒にいたから友情が芽生えたか。笑えない。現実は子どもが見るような物語のように都合のいい展開なんて起きないし、そんなものに未来なんて掛けられない。全てを考慮したうえで堅実な選択肢を選んでいくのが世界だ」
「それが世界ならそんな世界真っ平御免だ」
睨む兵士を睨み返して僕は言った。
けど、兵士の言うことは正しいに違いない。でも、そんな世界なんて僕は嫌だった。
「始めに会った時はただの子どもだと思った。2回目の時は面倒ごとに巻き込まれただけの子どもと思った。だが、今はお前もあいつらと同じクレイジーな奴だと分かったよ」
僕の言葉を聞いて兵士は呆れたように言った。
「お前に会うのはコレで三度目だな」
「……まさかお前」
兵士は顔にまいていたクーフィーヤを取った。
「……やっぱり」
巻かれた布から現れた顔は不機嫌そうな白人であり、それはJだった。




