彼女と僕と
時刻は20:30。場所は彩月さんとハーヴェイさんの秘密基地の近くにあるコンビニエンスストアの駐車場。
店内の明かりをバックに、僕は窓ガラスに寄りかかっていた。理由はハーヴェイさんを待っているからだ。なんでも、ちょっとしたどっかの連中の為に小細工をしているんだとか。
それを終えてから来るから、そういって彼は僕と彩月さんをここに残して一人大型のトラックで走り去っていった。そもそも、そんなものどこにあったんだか。
一方で彩月さんいえば先からコンビニの中で買い物をしている。チラッと窓の外から中の様子を覗う。彩月さんはかごの中身を一品ずつ出して会計をしていた。レジに立っている店員も流石に迷惑そうな表情をしていた。
店内から視線を戻し正面を見る。目の前を走る国道は他市とこの町を繋ぐ道路だ。利根川を沿うように伸び、この県の北部を横断している。といっても、それだけしか伊波比市と両隣の市を繋いでいないように聞こえるが、普通に道路は縦横無尽に日本中を巡っているので、他にも他の市に行く手段はあるのだけれど。
今、目の前を道を通るのは乗用車が4分の3、トラックが4分の1くらいの割合だ。これが夜になればその割合が逆転してくる。そして、今日は普段に比べて道が比較的込んでいる。何分、町中で祭りをまだやっているからだ。
ここからでもお囃子の音色が聞こえる。ただ、流石にこの時間になるとお祭りも終わりが近付いており帰る人も増えてくる。22:00ぐらいまではまだ少し騒がしいだろうが、それ以降はいつも通り閑散とした田舎町に変わる。もっとも、今日は中日なので、まだ明日まで祭りは続くのだけれど。
さて、どうしてこんなところに僕がいるといえばそれは彼らからの電話であった。彼らとはあの厳つい黒人と白人の二人組みであり、アメリカだった。
彼等の要求は以下の通り。
「僕と彩月さん、ハーヴェイさんと三人で指定された場所、時間に来るようにとのこと。場所は今日彩月さんと逃げた高校のグラウンド。時間は21:00。警察、政府機関に連絡をしたら人質は殺す」
実に一方的な要求だった。
聞き覚えのある片言の日本語は、無関係な人を傷つける気はない、といったがだったら最初から巻き込まないで欲しい。そんなの大人の勝手だ。
そう思っていると不意に冷たい物が顔に押し付けられた。
「うひゃぁぁぁッ!?」
「そんな漫画みたいな悲鳴ある?」
一番漫画みたいな存在の彩月さんが、ペットボトルの炭酸ジュースを僕の顔に押し付けていた。
「はい、あげる」
「ありがとう」
そういって真っ黒な炭酸ジュースを僕に渡すと、彼女は手に持っていた袋からペットボトルの紅茶をだした。
「怖い顔してた」
「ああ、うん。そんな顔してた?」
目が据わってた、と彼女は僕と視線を合わせずに前を向いていった。
「ごめんね。変なことに巻き込んじゃって」
「別に構わないよ。ただ、正悟がなんていうか」
僕は好き好んで巻き込まれている節はあるけれど、正悟は別だ。訳も分からずいきなり外人に拉致されたのだから、さぞビックリしているだろうけれど。
「家族にはなんていったの?」
「お祭りだから友達の家に泊まりに行ってくるって」
ふーん、とだけ返事をする彩月さん。
僅かな沈黙。
「あのね。私これが終わったら……」
「やぁ、待たせたかい」
彼女が言いかけたところで、トヨタのランドクルーザーに乗ったハーヴェイさんが現れた。
「待ってはいましたけれど、それ、どうしたんです?」
「どうしたって、当然、買ったに決まっているだろう、少年」
……本当、この人の経済状況はどうなっているんだろう。
「さぁ早く乗った。面倒臭いことはさっさと片付けるに限る」
そうやって彼は僕等をせかす。
僕等も言われたままに車に乗ろうとした。
「そういえば、さっきなんていおうとしたの?」
言いかけたところでハーヴェイさんが来た為に聞けずにいたから確認した。
「いい。別にたいしたことじゃないし」
そういってさっさと車に乗ってしまう彩月さん。彼女の様子から聞いておいたほうがいい気はするけれど、おそらく喋ってくれないだろうなと思い僕も黙って車に乗った。
「そうだ、少年。これを君にあげよう」
車内でハーヴェイさんは僕にそういってあるものを手渡してきた。
「何です、これ。ワイヤレスイヤホン?」
市販で売ってそうな奴。至って普通な感じだった。
「高い塔を建てるのに便利な道具。着く前に必ず付けておいてくれたまえ」
なんだか良く分からない説明を彼はした。
「少年、着いたら僕のそばにいること。やることは人質の救出。それ以上のことはしない。取返したらさっさと逃げるよ」
至極簡単な事のように言ってのけるハーヴェイさん。
「具体的な作戦は?」
僕は聞いた。
「さぁ?」
さぁ、って。
「そういうの考えるの苦手なタイプだしね。こっちが動かなきゃ向こうも動かないだろうし。まぁ、なるようになるさ」
なんとも頼りない言葉だった。
そんな陽気なハーヴェイさんと裏腹に彩月さんは終始憮然としていた。
ランドクルーザーは国道51号線を通り、直接グラウンドに通じる道へと入っていった。門の前には二人の体格のいい覆面を被った男達が二人。手にはアサルトライフルを持っていた。
彼らは僕等に気付く銃を構えてとそこに止まるように指示し、車の隣にやってきた。
そして、窓を開けるように指示する。従ってハーヴェイさんは窓を開けた。
「時間より早い到着だな」
彼等の喋っていたのは日本語だった。
「あれ、日本語喋ってる?」
「君は英語を喋れるのか?」
なにやら僕と相手で話がかみ合ってない。そこで、さっき貰ったワイヤレスイヤホンの存在を思い出した。
「便利だろう、それ」
振り返ってハーヴェイさんが言った。なるほど、どうやらこれは翻訳機だったらしい。
と、振り返った所為かハーヴェイさんの後頭部に銃口が突き付けられた。
「勝手な行動をするな」
「何も指示してないでしょうに」
途端に後頭部を小突かれる。
「分かったかよ」
嫌々といった表情を見せたハーヴェイさん。
「そういつも威圧的だから私は君達の事を好きになれないんだよ」
さらに嫌そうに彼は言った。
「両手を視える位置まで挙げて、ゆっくりと車を降りて」
二人の外人は銃口をこちらに向けながら指示をする。
ハーヴェイさんは仕方ないよ、といった雰囲気で両手を挙げる。僕も習って両手を挙げた。
ただ一人、彩月さんだけ敵意剥き出しに彼らを睨みつける。
「短気を起こさないでくれよ。まだ、少年達がどこにいるか分からないんだから」
諭すようにハーヴェイさんが彩月さんにいった。聞いた彩月さんがしぶしぶ両手を挙げた。
「英語で話せ」
ハーヴェイさんに銃口を突き付けていた兵隊が言った。
はいはい、と彼は肩を竦める。
両手を挙げた僕等は車から降りると、兵隊達は僕等を後ろ手に拘束した。
そして、そのまま背後に立ち、歩くように指示した。
それに従い僕等はグラウンドへ向かった。
グラウンドは明かりがついており、真昼のように明るかった。乗用車が何台も止まっており、ぱっと見10人程の兵隊が同様に銃器を持って立っていた。
そしてその真ん中、そこに僕等と同様後ろ手に拘束され、膝をついて銃口を突き付けられている二人の姿を見た。
「正悟! ……と三九二君?」
「何、そのついでみたいな反応!?」
ああ、うん。正悟の携帯から掛かってきたし、まさかもう一人いるとは思わなかったよ。
「よぉ、あずま元気そうだな。で、こいつら何なの? つか、AKだぜ、AK47。これ物本?」
銃口を頭に突き付けながら、思いの他余裕そうなわが悪友を見て安堵する。
「話せば長くなるんだけれど、今は説明している暇はなさそう」
だろうな、と正悟は言った。
僕達の後ろの兵隊が進むように促す。
指示に従い、僕等は正悟たちと5メートルといった距離のところまでやってきた。
正悟たちに銃口を突き付けている兵隊の他、同じようにアサルトライフルを持った兵隊が二人いた。例の人の良さそうな黒人と白人のコンビだった。
「まったく、困った大人だ。銃を突きつけていたいけな子どもを脅すなんて。大人がすることじゃないよ」
ハーヴェイさんが言った。
「そういう困った事をさせたのは貴方だと自覚していただきたい」
聞いたハーヴェイさんが肩を竦めた。
「私と少年達は関係ないだろうに。君たちと私達の問題だ。少年達は即刻開放したまえ」
「貴方が我々の指示に従っていただければそうしましょう」
「まったく、融通の利かない軍人だね。いや、軍人は融通利かないか。ということはJ君は典型的な軍人って訳だ。君もそうかい、クイン君」
悪そうな笑みを浮かべてハーヴェイさんは言った。彼の言葉を聞いた二人が息を飲んだ。
「……何故、我々の名前を?」
白人の軍人、話から察するにおそらくこっちがJ、は聞いた。
「さぁてね。何でだろうね、不思議だね」
そういってハーヴェイさんはケタケタと笑った。
「何、ヤマさんの知り合いなの、この人たち?」
銃口を突き付けられたまま正悟が聞く。
「君、存外に神経太いね」
呆れたようにハーヴェイさんが言った。
「まぁ、それはさておきさっさと本題に入らないか。それで君達の要求は?」
ハッと我に返ったJがハーヴェイさんに言った。
「ハーヴェイ博士。我々と一緒にアメリカに来てもらおう」
「嫌だ」
きっぱり言った。交渉も要求もあったもんじゃない。
「……今、貴方が拒否できる状況だと思いで?」
若干呆れつつ黒人、おそらくクイン、が言った。
「私が嫌だといったら嫌なんだ。だから、行かないよ私は。その上で少年達は解放しなさい。これが大人の対応だ」
めちゃくちゃだった。
「餓鬼かアンタは!」
Jが怒声を上げる。
「……アイツとまともに話そうっていう前提からしてまず間違っているのよ」
彩月さんが呟いた。まったくの同感だ。
「いや、だって嫌なものは嫌だよ。嫌だからこうして逃げ回っているんだし」
本当に子どもの理屈だった。
彼の言葉に明らかに青筋を立てているJと呼ばれた軍人は、まるで仇を見るようにハーヴェイさんを睨み、言った。
「ふざけるな! アンタがそうして放浪していることが世界にどれだけ危険なことだと自覚しているのか! 世界中の国々がアンタの事を狙っているんだぞ! ロシア、中国は勿論、ヨーロッパ、中東、南米、アフリカ。この日本でさえ例外でない。それはアンタの頭が世界のパワーバランスを容易に崩してしまう代物だからだ。そんなものがテロ国家にわたってみろ、世界は中世に逆戻りだ!」
なんだか話が大きくなってきた。ちょっと僕等三人置いてけ掘りである。
「私にしてみれば中世も今も変わらないようにうつるんだけどね。まぁそれはいいとして、そんな事を言って君たちアメリカは私をどうするんだい?」
「保護をする。世界が過ちを犯さないよう、我々が貴方を守りその知識を世界のために使う」
過ち? そういって彼は笑った。
「ところで、交渉上手く言っている?」
不意に三九二君が聞いた。
「三九二君もあれだなぁ」
「お前には言われたくねーよ、東。で、どうなのよ」
「この状況見て上手くいっていると思う?」
「いいや、まったく」
「つまりそういうこと」
「むしろ喧嘩してね?」
正悟が割って入る。ここまで話しても見向きもされないんだから、僕らって本当ついでだったんだろうなぁ。
「まぁ、それに近い状況ではあるけれど、僕等がどうこうできる問題じゃないから当事者同士に任せるのが一番だよ」
「だな。つか、やっぱりヤマダさん名前偽名か。ドクターハーヴェイっつーから本名はハーヴェイなの、東」
「うん。そうみたい。まぁ、でもその話は後で」
だな、と正悟は言った。
ひとしきり笑ったハーヴェイさんが続ける。
「世界のために使う? それって他の国とどう違うんだい? 君達は間違わないというのか? それは酷い傲慢だ。まったく君たちアメリカ人らしい思想だよ。美辞麗句、綺麗事を並べたところで結局君たちは君たちの正義を振りかざしているに過ぎない。正義。アメリカの正義。君たちが信じて疑わない、君たちの信奉する神だよ」
「それが世界の望む正義だからだ」
自身を持ってJは言った。
「それが驕り高ぶっているといっている。それも酷い思い上がりだ。でも、私はそれを否定しないしそれが悪だと思わない。傲慢結構、暴力結構、所詮人間なんてそんなものだ。だがね、それを私に強要するというのなら話は違ってくるぞ。生憎と、私は君たちと同じ神を崇めていないのでね」
皮肉っぽくハーヴェイさんは言った。
「では貴様は何だ。何様のつもりだ。思い上がっているのはどっちだ!」
そういってJはアサルトライフルの銃口を彼に向けた。
「今世紀最大の天才と呼ばれたハーヴェイ・ロウ。貴様がその頭脳で築き上げたのは巨大な屍の山だ。死の科学者、終末の科学者、黙示録の科学者。貴様がその手で作り上げたのはすべて人を殺す為だけの兵器だ。たった一人で世界を滅ぼせるとまでいわれた貴様は我々にそれを言う筋合いがあるというのか」
聞いたハーヴェイさんは侮蔑をこめた目でJを睨んだ。
「何をいう。責任転嫁は止めてほしい。迷惑だ。そもそも、私を死神に仕立て上げたのは君たちであり、軍隊であり、傭兵であり、国家であり、世界であり、そして人間だ。私は私が作れるものを作っただけで、それで町を壊し、人を殺し、国を滅ぼすために使用したのは君達の選択だろうに。
ノーベルは人を殺すためにダイナマイトを作ったのか? アインシュタインが原子を発見したのは都市を焼くためか? 違う。そうじゃない。そもそも、彼等はそんな事をするために開発したり発見をしたりしたわけじゃない。純粋な科学への好奇心と、実に私欲的な栄誉と名声の為に彼等は偉業をなしえた。その偉業をただ人を殺す為だけの陳腐な程度まで貶めたのは君たちだろう」
勘違いするな、と不愉快そうに彼はいった。
「屁理屈をいうな。それが傲慢だといっている! 貴様は神のつもりか!」
激昂するJは今にも引き鉄を引きそうだった。
「そこまで傲慢には私はなれやしない。仮にそうなれたとしたら私は最初から逃げ回ったりはしていないよ。さっさと作るものを作って世界を管理している。けれど、そうしたところで意味がないから、やっていないだけだ。私が君たちと違うのは、君たちほど私が盲目に生きていないというだけさ」
「では、どうしても従う気はないと」
「いってるだろう、最初から。さらさらそんな気はないと」
ハーヴェイさんが言い切った。
「そうか、ならば仕方がない」
そういうとJは拳銃を懐から引き抜き、正悟の頭に拳銃を突き付けた。
「おい、Jそれはやりすぎだ。最初に決めたはずだ。子どもには危害を加えないと」
クインが止めようとしたが、Jは黙れ、と一蹴する。
「従わなければ子どもを殺す」
心底侮蔑するようにハーヴェイさんは睨んだ。
「それが君がいう正義の姿か」
吐き捨てるように言った。
「世界の為だ」
言ったJもハーヴェイさんを睨んだ。
「もう一度聞く。我々と一緒に来てもらおう」
彼は言う。ハーヴェイさんは沈黙のままだ。
それが答えか、とJは引き鉄に指をかけ。
その時突然花火が上がった。




