出会いは突然に(3)
―――結果からいえば結局のところそんな生徒はいない、というのが僕らの結論だった。
「まぁ、知ってた」
「うん、そんな気はしていた」
学校の帰り道。例の小川沿いを二人並んで自転車を走らせ僕と正悟は帰路についていた。
「いるわけねぇよお前がいった奴なんて。走りながら寝ていたんじゃねーの」
「そんなに器用じゃないよ。大体、そんなことしてたら今頃病院だと思う」
「俺はお前が今そこにいないのが不思議でならない」
併走しながら正悟は呆れたようにいった。
「ともあれ、だ。結局それって見間違いなんじゃねーの? ほら、ここら辺なんてうちと同じような制服ばかりだろう、どっかと間違えたんじゃねーの」
「どうだろう。その可能性はないとも言い切れないけど限りなく薄いんじゃないかなぁ。他の学校だといっても朝方にあんな場所にいる訳ないでしょ」
というのも旧水野だけでも3,4ぐらいの中学校が存在していたがそこは田舎、他
の中学までには車でも20分程掛かるぐらいに距離があるのである。
「それじゃああれじゃね、私服が制服に似てたとか」
「その場合は別の心配をするよ。そもそも、それだったら僕の見た女の子は登校拒否をしているかもしれない」
「ああいえばこういうなぁ、面倒臭い。そいつにお熱な割には存外夢も希望もないこと平然と言うんだな」
「僕的にはそんな言葉が正悟から出るとは思わなかったよ」
そうかい、と僕に並走する彼は肩を竦めた。
そうして雑談しながら走っていると、今朝彼女がいた場所まで近づいていた。
「今朝はね、この近くで見たんだけど」
轢かれかけた交差点を通り過ぎる。
「で、どこよ」
桜並木を見ながら正悟は聞いた。
「ほらあそこ……」
そういって示した指先。朝、彼女を見つけた桜の隣。に注目したはずなのだが僕らは別の思わぬ光景に凍りつく。
視線は桜の木よりも下。立ち並ぶ桜並木に挟まれるように流れている小川の中。
桜の花びらの浮かぶ水面。それと一緒に漂う白衣と布のように広がる長い髪。
たゆたゆと水面にその姿を覗かしているそれは、ピクリとも動かずただ漂っていた。
短い沈黙。
「……ドザエモン?」
冷静に正悟が言った。
「いやいやいやいや、助けないと!! えっと、この場合、きゅ、救急車!?」
「いや駄目だろう、アレ。もう事切れてるぜ、おそらく。呼ぶなら警察か、もしくは見てみぬふりか」
「いや、そんな酷いことは。絶対に助けるべきだよ思う。ていうか、とりあえず急いで川から上げないと」
「日本語おかしい。後、どうなんだろうなこれ。こういう場合って現場保存な気もするが。下手に触って変な勘違いとかされると後々面倒臭いし。それよか良く通行人に見つからなかったという」
などと二人で言い合っていると水面があわ立つ。二人揃って浮かぶ物体を見返した瞬間、水死体は水の中から起き上がった。
「あ、生きてた」
これまた無感情に正悟がいった。
一方で起き上がった水死体のような人物は、たっぷり水を吸った腰まで伸びた髪を顔の前から垂らし、滝のようにしずくを滴らせていた。
そして、佇んでいるその人物の特徴をぱっと観察したのだが。
「うわ」
あんまり関わってはいけない風貌の人物だった。
まず、例によって長い髪。髪色は黄色味がかったブラウンだ。そして、垂れる髪の隙間から覗く顔は彫が深く、目も青みがかっていて日本人ではない感じだった。
それだけならロックな外人にも見えなくもない――なんでそんな外人が片田舎の小川で伸びていたかは知らないけれど――のだが、着ている服のセンスの方が壊滅的だった。
垂れた髪から覗く彼のシャツはサイキドリックな極彩色な模様。それにネクタイもしているはが、それは外人の笑っている顔が大量にプリントされているとんでもない代物。ほら、アメリカの宝物を追う考古学者だったり、武器の密売したり、弟の変わりに50台の高級車盗んだり、顔面が骸骨のバイク乗りになったり、イギリス人とサンフランシスコにある監獄島に細菌兵器を使用不能にしにいったりするエム字に禿げ上がった外人の顔だ。
辛うじてズボンだけはまともなチノパンなのだが、赤と紫色の縞模様の靴下にショッキングピンクのクロックスという組み合わせだ。
訂正しよう。小川に浮いていた人物はあんまり関わっていけないのではなく、関わってはいけない怪しい不審人物だったのだ。
「よし。スルーしよう。アレは話しかけてはいけない類の人間だ」
それを冷静に見つめながら正悟は言う。
「同感。こればっかりは僕も見なかったことにしたい」
意見のあった僕らはすぐさま自転車で走り出そうとした。その瞬間。
「やや、さっきからそこで私のことを心配そうに見てくれていた心優しい少年達、ちょっといいかな」
……絡まれてしまった。
起き上がったどざえもん、もとい、怪しい外国人はこっちを見ていたのだった。
「なんだいその全身からあふれ出る警戒心は。いいかい、私は決して怪しいものではない」
流暢な日本語で不審な外国人は言った。
「警察を呼ぼう。今すぐ、可及的速やかに」
「酷いな。まるで私が犯罪者のようではないか」
「犯罪者が心外というんでしたら訂正しますけど、予備軍という点では間違いないですよね、あなた」
まだ何もしてないんだけどね、と外国人。いや、何かする気なのか。
「いやはやしかし酷い目にあった。酷いと思わないかい。うまい事加速器の性能向上に成功したから付け替えたら余計なことをするなって殴るんだよ。嫌だよね、年頃の子っていうのは、話が通じなくて」
などと不満そうにこぼす外国人。想像するにおそらく彼が余計なことをしたことは間違いないだろう。ていうか、加速器を腕につけるって何だ。
しかし、年頃の子ってこの御仁。娘でもいるのだろうか。
「……あの」
「あ、何? 私の名前が知りたい。仕様がないなぁ」
そんなこと一言もいってないのである。流石の正悟もあきれ果てていた。
そんな僕らを尻目に白衣の怪人物は勝手に名乗った。
「僕の名前はね、“ヤマダタロウ”っていうんだ」
思いっきり偽名だった。
「あーれー? おかしいな。井垣君嘘ついた。日本だとポピュラーな名前だっていってたじゃないか」
どうだろうか。良く一般的な日本人の名前だといわれているが、いまどき太郎って名前は流行っていない気がするが。
「あ、生粋の日本人だよ、私」
「嘘つけ! テメェのような日本人がいるか!」
正悟がキレた。酷いなぁ、と見た目外国人の自称日本国籍ヤマダタロウは不満そうに言った。
「人を外見で判断しちゃあいけない。そもそもこの国って髪がピンクだったり目の色が赤だったり、露骨に見た目が白人だったり黒人だったりしても日本人なんだろう。ほら、不思議はない」
「非常識で不可思議な男の言うセリフか、それ! つか、あんた名前のくだりで“日本だと”っつったよな!」
「駄目だ正悟、それ以上はいけない。完全に向こうのペースだ」
「や、私思うに人間常識的である必要性は何処にもないと思うのだけれどもね」
首を傾げていう外国人。もといヤマダ。僕らは大変なのに絡んで絡まれてしまった。
「ともあれ、いやぁ異国の地に流れ着いて心細かったが君たちみたいな純情少年と仲良くなれてよかった。なんていうか気の合う仲間って大事じゃない?」
「…………っ!!」
「いいたいことは分かる。分かるけれどそれ以上いったら僕らは抜け出せない深みに嵌ってしまう」
もっとも、時既に遅しといった様子だが。
勝手に喋るだけ喋って満足したのか、ヤマダと名乗った白衣の自称日本人(外国籍)は小川から上がった。それも以外なことに僕らとは反対側に。
「しかしながらどうしてこの町はとてもいいところだということが分かった。あと、ここならしばらくはバレはしまい。決めた、しばらくこの町に逗留しよう」
今あの人凄い聞き捨てならないことをいった気がする。
「それじゃ、心優しい少年達。僕は今から連れを探さなければならないから私はこれでいくとする。もしかしたらまた出会うかも知れないけれど、その時は仲良くやってくれ」
なんて金輪際一切関わりたくない人物が、一番いってほしくない言葉をいって立ち去っていく。歩いて去るアスファルトに大量の水をばら撒きながら。
その様子を唖然と見送った僕たち。
「……なんていうか、嵐のようなひと時だったよ」
「……俺、すっげー疲れたんだけど」
不審者が視界から消えてもなお茫然と立ち尽くしたままだった。
「……帰るか」
「……そうだね」
悪夢から目覚めたような気分の僕たちは怪しい外国人の所為で、女の子のことも忘れて精神的に疲れ果てた状態で帰路についたのだった。