“彼女”?それとも“カノジョ”?(9)
小分けにする必要はなかったなと後悔。
室内に入り進められた席に座った。ヤマダさんは僕の真正面にいて、机に腰を下ろしている。彩月さんとは僕たちとは離れ、不機嫌そうに壁に寄りかかっていた。
「さて、まず私のことについて話そうか」
「その前にいいですか」
なんだい、とヤマダさんはいった。
「その前に彩月さんの足の治療をお願いします」
そういうと、ヤマダさんは面食らった表情をしていた。
「別にそれで死ぬわけじゃないんだけどね、アイツの場合。まあ、少年が言うんだったらしかたないか。ほら、来なさい」
「いいわよ。たいしたことしないんだから」
そうかい、とヤマダさんは肩を竦めた。
「大丈夫なの?」
心配した僕が聞いた。
「大丈夫」
僕に心配させないように彩月さんが微笑んでいう。
「あれ、なんだか私と扱いちがくない?」
そういってにやつくヤマダさん。キッと彩月さんが睨み付けた。
彼女は壁から離れて部屋の真ん中に向かう。そこには手術台のようなベッドがあり、それを囲うようにテーブルや工具棚が置かれていた。
彼女はそこに行きベッドに座った。そして、ショートパンツに手を伸ばしたところでハッとする。
こっちを恥ずかしそうに睨んでくる。……あ。
「見ないで」
「ご、ゴメン!」
慌てて振り返る。
「へぇ、ほぉ、ふーん」
物凄く楽しそうな気配のヤマダさん。直後。
「ぬがッ!?」
そんな悲鳴とともに鈍い殴打音。次いで何か重いものが地面に色んな物と一緒に落ちるような音が聞こえたと思うと、空からスパナが降ってきた。
そして、静寂。ただ、しばらく衣擦れする音と、ん、という短い吐息だけが聞こえる。
……なんていうか、見えてない分余計に恥ずかしい。
それが、4、5分ほど続き。
「いいわよ」
という声で振り返った。
そこには黒タイツを脱いでどういうことなのか足の傷のない彩月さんと、火曜日21時くらいに見られそうな男性の死体、もとい、ヤマダさんが地面に伏せている姿があった。何故か、人差し指が伸ばされている。
彩月さんはこちらに近付いてくる。そして、ヤマダさんの隣まで来ると、そのわき腹を小突いた。
「終わったわよ。説明」
ガバッと起き上がったヤマダさんは、彩月さんをみた。
「お前な、人の頭にそうほいほい金属製品ぶん投げないの。死ぬよ、普通」
「死なないのはあなたが普通だからじゃない証拠でしょ」
そういう話じゃないんだけどね、と彼は言って立ち上がった。
「さて、少年。どこまで説明したっけ?」
「まだ何も説明してもらってないですけど」
そうだった、と再び彼は机に腰掛ける。彩月さんはその隣の、メーターが沢山ある機械に寄りかかった。
「うん、そうだね。まず最初に謝っておきたいんだがね。実は私が日本人というのもヤマダタロウという名前も嘘なんだ」
「ああ、知ってます」
自称ヤマダさんは口をへの字にした。
「まぁいいか。私の本当の名前はハーヴェイ・ロウというんだ。生まれは、まぁこの国以外」
そういって明らかに日本人離れの自称ヤマダタロウさん、もといハーヴェイ・ロウさんは言った。
「元々はね機械いじりが趣味だったんだけど、それがこうじてアメリカで働き扶ちがみつかったんだ。まぁ、私が作っていたものと向こうのが希望するものが合致しただけなんだけどね。それでしばらくは大人しく働いてたんだけど、私ってこういう性格でしょ。そりが合わなくてさ。辞表出したんだけど受理してもらえなくて。しかも、やめることも許さないとかさ。契約書にも書いてなかった内容だよ。で、半ば監禁。そんな訳でしようがなく働いていたけど、向こうは向こうの要求しかしてこないからいよいよ嫌になって勝手に出てきたの」
そういって笑って肩を竦めた。
「そしたら、向こうさんも何勝手に逃げてんだ、と。こっちはそんな話知ったこっちゃないから無視してたらあんないかつい連中まで動員して連れ戻そうとするんだよ。酷い話だろう。だから、諸国放浪の旅をしていたのさ」
まったくまいるよ、そういって彼は肩を竦めた。成程、ヤマダさん、もといこの場合はハーヴェイさんでいいのだろうか、の外国人嫌いはそういう理由だったのか。
でも、待てよ。ということはさっき追ってきていた外国人は、ハーヴェイさんの話から察するにアメリカ人で、あの雰囲気からすると普通の人というよりかは警察、もしくは軍人にあたる人たちなんじゃないだろうか?
「……ハーヴェイさん、貴方本当に何者なんですか?」
「それはあんまり聞かないほうがいい。それを聞くと君まで面倒臭いことに巻き込まれるよ」
大人からの助言、と彼は言った。しかし。
「それだったらもう遅いんじゃないんでしょうか。今の状況だって十分に面倒臭い」
僕がそういうと、彼はきょとんとして、そして皮肉っぽく笑った。
「確かに。まぁ、そこまで言うなら少しぐらい話そう。私の今の専門は、そうだねロボット全般だ。そして、私の昔の職場はここ」
そういって彼は空中を指でなぞった。その線を繋げると“五角形”になった。
……本気なのだろうか、この人。
「……冗談でしょ?」
「これが冗談じゃないんだな」
なんて飄々と答える気が知れなかった。確かに、まともじゃないと思っていたけれども易しくいってもイカているというレベルではない。この人の存在自体が歩く爆弾だ。
先に軍人にあたると推測したけれど、あたるどころかおそらくあの人たち正規の軍人だ。そして、銃器を所持しかつ間違いなく軍事行動とっている。それも非合法に違いない。幾らなんでも日本に要人がいるからといって、幾らアメリカが日本に影響力を持っているからといってアメリカ軍人だけが武装して自由に行動できる訳がない。
超大国がたった一人の男の為にそこまでする理由があるのだろうか。むしろ、そのこまでさせるこの人は一体何なんだろうか。
「どう、ビックリした?」
そう自信満々で言う姿は馬鹿っぽいのに……。
「さて、私のことで少年に話せるのはここまでだ。次に聞きたいことはなんだい」
机に座ったハーヴェイさんが僕に聞いた。そんなこと決まっている。
「彩月さんのことです」
ハーヴェイさんを見据え、僕はいった。
だろうね、彼はそういった。
「まぁ、本人の意見も聞いておきたいところだから一応意思確認をするが、彩月、彼に君の事を言ってもいいかい?」
ハーヴェイさんは機械に寄りかかる彩月さんに向けていった。
「……どうせ、駄目だといっても話すでしょ。それに、いつかは分かることだから」
構わない、と彼女は顔を伏せていった。
そうかい、とハーヴェイさんは肩を竦めた。
「と、いう訳だから私から説明しよう。おそらく、少年はもう彼女が人間でない事を知っているだろう」
「ええ、まぁ」
学校で見せた知識、情報の数。運動能力、その他技能。始めはほかの人よりも優れた人間だという認識しかしてこなかった。
そして、先ほどの軍人との戦闘。まるで空き缶を投げるように人を投げる筋力。
明らかに人間の域を越していた。
「ついでに少年は私の専門がロボットだと知った。ついでに、あそこにあるチャペックを見て君は信じられないものを見るような眼をした。私は君のその察しのよさを好ましく思っている。そして、察しのいい君はすでに結論に達しているんだろう」
言われて否定する言葉がない。そもそも、否定する材料がない。そして、否定したところでなんになるのだろうか。僕はそれを否定する意味を知らない。
だから僕は僕が考えうる答えをいった。
「彩月さんはロボット、なんですね」
聞いていた彩月さんが嘆息した。
「その通り」
ハーヴェイさんが肯定する。そうする彼が僕には漫画に出てくる悪い科学者に見えた。
CSIはマイアミが好き。というか、ホレイショウが好き。でも、ほとんど見たことはないのは内緒。やっぱりなんとなくドラマを見続けるのは苦手だ。




