“彼女”?それとも“カノジョ”?(2)
結論から言えば彩月さんはまるで別人のようだった。
朝の挨拶騒動からクラスメイトが僕の周りに集まって一体何があったのか聞いてくる。
勿論、そんなこと僕が知る由もなく、ただ、原因があるとすれば昨日の出来事なのだろうけれど、それをみんなに話す気にはなれずにただ知らない、と答えるだけだった。
ざわつくクラスを余所に時間は立ち、朝のホームルームの時間になる。教室に入ってきた新崎先生が浮つく生徒達を訝しがりながらも点呼を始めた。
順番どおりに名前を読み上げていく。
「石川」
「はい」
「山田」
「はい」
「長崎」
「はい」
「……ん? 山田返事したか?」
「はい。返事しましたけど」
少し間があり、そうか、と短く答えると新崎先生は再び点呼を開始した。
先生はあんまり気にせずに普段どおりホームルームをし、教室を出て行った。
そして、1時間目までの休み時間。始めは2、3人のクラスメイトが彩月さんの机の周りにやってきていた。
「ねぇ、彩月さん」
「何かな、香川さん」
「彩月さんってここにくる前ってどんな学校に通っていたの?」
転入当初、みんなが彼女に聞いた質問。その時はにべもなくあしなわれるだけだったのだが。
今朝の様子からまた聞きに行ったのだろう。他のクラスのみんなも聞き耳を立てており、聞かれた彩月さんは。
「そうね。でも、こことは全然違うところだから比べようもないかな。ううん。本当の事を言えばほとんど通っていなかったからわからないんだけどね」
と普通に回答をした。聞いた本人たちが茫然とする。
それぞれ聞き耳を立てていたグループが顔を見合わせる。そのうち、他の何人かのクラスメイトたちも彩月さんの席に集まりだした。
そして始まる矢継ぎ早の質問の嵐。彩月さんが来たときのリベンジといわんばかりに彼女に質問を浴びせていた。
「ここに来る前はどこに住んでいたの?」
「そうね。こういう見た目ではあるけど外国に住んでいたの。生まれも外国よ」
「趣味はある? 好きなものは?」
「趣味という趣味はないかな。ただ、歩くのは好きね。好きなものはどうだろう。分からないけど、何かあるかもしれない、としか今はいえないかな」
「前の学校とかで好きな人とかいた?」
「そういう人はいなかった。ううん、みんないい人だったけどね」
「好みのタイプは? 俺は好き?」
これは三九二君。
「好きなタイプ、かぁ。どうなんだろう。どんな人か、と聞かれても良くわからないかな。ああ、でも三九二君は友達だから」
さいですか、と肩を落とす三九二君。ありえないから、と周りのみんな。そして、僕は胸をなでおろす。
「上からスリーサイズをプリーズ」
「はは。打ち殺すよ」
おおう、といった男子生徒は冷や汗を掻く。
「……私たち、普通に彩月さんと会話している」
思わず溢すクラスメイト。
「うん? いきなりどうしたの」
不思議そうに聞いた彩月さん。
「ううん。なんていうか、今までの事を考えると」
ねぇ、とみんなが話している。
「どうしたの彩月さん?」
心底不思議そうに誰かが言った。
「どうしたのって何が?」
言葉の意味が分からないといった様子で彩月さんが聞く。
「なんていうか。今までとまるで違うから」
「違う?」
「その」
少し躊躇してみんな顔を見合わせた後。
「まるで別人みたいだから」
といった。
それを聞いた彩月さんがきょとんとした表情を浮かべた。
「別人、か」
そういって一度窓の外を見て。
「実は私一度死んで生まれ変わったの」
振り返った彼女は微笑んで言った。
「……え?」
話していたクラスメイトが茫然となった。
「冗談」
そういっていたずらっぽい笑みを浮かべた。その様子にみんなも笑う。
ただ、僕には彼女のその言葉が冗談には聞こえなかった。