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メカな彼女とノーマルな僕  作者: 日陰 四隅
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カノジョは変わり“モノ”?(9)

 太陽が沈んですっかり暗くなった帰り道。野寺川沿いの街灯が暗闇を照らし、僕らはその下を歩いていた。


 彼女は鞄を持って、僕は自転車を押して。


 彩月さんの趣味を探す為の部活動めぐりだったのだが。


「それで、結局興味を惹かれた部活はあった?」


「別に」


 この通りにべもなく答えるのだった。


「まったくって事はないとは思うんだけど、ほら野球とか投げたり打ったりしてたし」


「アレはそうしないと別の場所にいけそうになかったから」


「う、歌とか。相変らず本物の歌手と差異はなかったし」


「ありがとう。でも、だからといって好きって事にはならないでしょ」


「……け、剣道とか郷土芸能とか」


「特には」


 無表情で淡々と答える彩月さん。たった2時間ほどの努力ではあったけれど、まったくの徒労で終わったらしい。というか、単に変な風に目立っただけだった。


 その結果に思わずため息がでた。


「どうしたの。何か悩み事?」


 そりゃ貴方のことですよ。


「いや、さ。結局、彩月さんの興味があることが分からなかったなぁって」


「そういえば、そういう目的で部活動見学していたんだっけ」


 それすら忘れていたのか、彼女は。


「なんだかなぁ」


 思わぬ彩月さんの言葉に肩を落とす。一筋縄じゃいかないと思うけれども、こうも淡白だと流石に辛い。


「越智君、なんだか疲れた様子だけなんだったら座る?」


 僕を心配してか彩月さんは車止めを指差した。


 そういう意味の疲れているんじゃないんだけれど、なんとなく言葉に甘えて車止めに腰掛けた。並んだ車止めに彼女も座った。


 日の沈んだ夏の夜。日中の焦げ付くような暑さはないけれど、纏わり付くような熱気があたりを包んでいる。


 日が沈んでも気が滅入りそうな蝉の声はやまない。


 けれども、僕らは黙ったまま座っているだけだ。


 特に話す話題も浮かばず、並んで座ったまま時間だけが過ぎる。


「一つ聞いていいかしら」


 ふと、隣に座っていた彩月さんが切り出した。


「何かな」


「越智君はどうしてそこまで私を気にかけるの。今日の事だってそんなことする必要もないのに態々付き合って」


 少し俯き気味の彼女はいった。


「やっぱり僕が君に興味があるから、じゃあ駄目かな」


 そう、と彼女は短く答える。少しの間を置いて彼女は話し始めた。


「今まで私に興味を持った人は沢山いたわ。いろんな人がいた。良く思う人も悪く思う人も。単純に道具と思う人も、危険だと思う人も。自分の好奇心を満たす為だけに私に興味を持っている奴も」


 心なしか最後の人だけ若干感情が篭っていたように聞こえた。


「悪く思う人はとことん私の事を嫌っていたわ。疎ましく思っていたり、普通に嫌っていたり、目の上のたんこぶと思う人も、憎んでいる人も少なくなかった。同様に私の事を良く思ってくれる人もいた。世話を焼いてくれた人。心配してくれる人。家族のように思ってくれた人。貴方のように好意を寄せてくれた人もいた。でも、その人たちって何かしら私にかかわりがあった人たちだった。というよりも、私が生れた場所にいた人たちだったの」


「それは故郷ってこと?」


「少し違うけれど、まぁ、そんなところかしら」


 淡々と彼女は語る。それは僕が始めて聞く彼女の過去の話で、ただ、彼女が好かれることも憎まれることも僕には想像が出来なかった。


 それよりも、彼女はそこでどういう生活を送っていたのだろうか。


「でもね、私はそこから出て行かなくちゃいけなくなったの」


「だからこの町に?」


「ううん。ここに来たのは偶然。私たちは一箇所にとどまらずにいろんな場所を転々としているの」


「私たちってことはヤマダさん……、じゃなくてタロウさんも一緒ってこと」


 そういうこと、と彼女は返答する。


「ついでにいえば、出て行く原因はあの男だけど」


 そしてさらっととんでもないことを言った。


「……そういえば来たときに長くいないからって言ったのはそういうことだったのか。もしかして、だからそんな素っ気無い態度をとっているの?」


 あまり他人に関わると情がわいて別れづらくなってしまうから、と。


「いや、これは生まれつき」


 だと思った。


「普通じゃないのは分かっている。でも、普通である必要もないでしょ。そもそも、私は普通ではないから。けど、こんな見た目をしているから他の人と一緒と思われる。もっと違う見た目をしていたら別のコミュニケーションの仕方になっていたでしょうね」


「別の見た目って」


 それは容姿云々の事を言っているのだろうか。


「ううん。そういうことじゃない。ああ、でも結局そういうことなのかもね。まぁ、でも今もってこの容姿をしているから、初めて会う人は私に好意を寄せてくれた。でも、越智君も知っての通り私ってこういう性格をしているでしょ。だからね、みんな私から離れていった」


 それが私の普通、と彼女はいった。


「それは寂しいね」


「ううん。寂しくはないの。そもそも、私はそれを寂しいと感じたことがない。私にとってそれが日常だった」


 他人は彼女を気にせず、彼女もまた人の事を気にかけない。彼女はそれが普通だと平然と話す。そんな彼女の言葉が僕の心にわだかまった。


「自分以外の誰かの事を気にして、その人からも気にされるから人間関係が生れる。けど、気にして話しかけて相手が無視すれば誰だって興味がなくなるでしょ。それが今まで自然な流れだった。けど貴方は違った」


 彼女は僕を見据えた。


「貴方は幾ら無視しても話しかけてきた。私が気にしなくても貴方は気にかけてくれた。私の知っている自然の流れを無視して貴方はひたすら私にかかわりを持とうとした」


 それが分からない、と彼女は言う。


「だから、どうして貴方は私に興味を持ったの?」


 無表情の彩月さんは、しかし、真剣な様子で聞いている。


 そうだね、と彼女に言う。言葉は自然と出た。


「きっかけはここ、この場所」


 彼女から視線を外し、空を見上げた。空には星と月が浮かんでいる。


「ここ?」


「そう、ここ。前にも話したよね。桜の木の下。僕は彩月さんを見たって」


「したわね」


 そして、彩月さんは後ろを振り返り一本の桜の木を見つめた。


「私もいたわ。あの場所。あの桜の木の下」


「やっぱり。見間違えるはずはないよ。そして、まだ桜が咲いていた頃、自転車に乗って学校を目指していた時、ふと野寺川の反対を見たときに桜の木に立っていた君を見たんだ」


 あの時を思い出していった。桜の花びらが舞い散る中、うちの学校の制服を着て佇む女の子の姿を。


「どこか物悲しそうで、触れたら折れてしまいそうな繊細そうな雰囲気の君の姿をさ」


「物悲しそうで、繊細なのが私?」


 振り返った彼女が不思議そうに言った。


「あくまで僕の感じ方だけどね」


「随分適当な感じ方ね」


「感じるだけなら人間そんなものだよ」


 そうなの、と彼女。


「そんなもの。で、その時さ。もの凄く陳腐な言い回しだけど、本当に雷に打たれたような衝撃奔ったんだ」


 ガーンとね、と付け足す。


「ガーンと?」


 彩月さんは首をかしげた。


「それがきっかけなの?」


 分からない、と彼女が僕を見る。


「そう。それがきっかけ」


 僕も彼女を見返した。そして、思い出す春の日。


 桜の木の下に佇む一人の女の子。格好は通っている僕が通っている学校と同じ制服。


 僕と同じくらいの身長で、黒い絹のようなショートカットの髪をした、まるで精巧に作られたと人形かと紛うほどの可憐な顔立ちの見たことのない少女。


「なんていうか。僕は君に一目惚れしたんだ」


 彼女の瞳を見据えて、さらに僕は言葉をつむぐ。


「だから、僕は君に何だってするよ。例え火の中水の中、果ては地獄までどこにだっていってあげる」


 だって僕は君が好きだから。それだけは言い切れる。


「……アレ、ちょっとまって。うん。気持ちには嘘偽りないんだけど、なんていうか、ちょっと。あれ?」


 そして、冷静になって自分が何を言ったのか気付いた瞬間、顔が熱くなる。


 我に返れば我に返るほど気恥ずかしくなる。やばい、かなり恥ずかしい。


 思わず身悶えを起こして蹲りたくなる。出来れば穴に入ってしまいたい。


 ああ、もう。勢いって怖い!


「おかしな人」


 そういって彼女はくすりと笑った。その事実に思わず固まった。


「どうしたの。私の顔を見て驚いて」


 そんな僕の様子を見て彼女が尋ねる。


「いや。うん。ごめん。でも、始めて彩月さんの笑った顔を見たよ」


 それを聞いた途端、彩月さんは僕以上に彼女が驚いた表情を見せた。


「笑った? 私が?」


 そういって彼女は口元を押さえた。


「笑う? 私が? 何で? どうして? 何故?」


 明らかに彼女の様子がおかしい。ただ、笑っただけだというのに彼女はそのことに酷く動揺していた。


 座っていた車止めから滑り落ちる。膝を地面に付きぺたりと座り込む。


 そのまま身を抱き、蹲ってしまった。


「お、落ち着いて。落ち着いて彩月さん」


 しゃがみこみ彼女の肩を掴んで話しかけるが、まるで聞いていない。


 瞳孔は開ききり、震えながら彼女はぶつぶつと何か呟いている。


「これは、これは何? この感じは何? 感じ? 何を感じる? 私が? 何を感じてる?」


 まったく要領を得ない。一体何が起きたのだというのだ。


「……どうしよう。何かの病気? 発作? とりあえず、救急車」


 と、そこに。


「やぁやぁ少年。こんな時間にこんな場所で座り込んで。そこにいるのはうちのか?」


 手に買い物袋を持った場違いに明るい声のヤマダさんが現れた。


 僕は振り返って彼を見た。酷く動揺している僕の様子から、何かただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、へらへらした様子から真面目な表情に変わった彼は、歩み寄ってくる。


 そして、蹲って震えている彩月さんに気付きヤマダさんは立ち止まった。


「……少年。君は一体何をした?」


 怖いくらい真剣な様子でヤマダさんはいった。


「僕は何も。ただ、彼女が“笑った”といっただけで……」


「それが、“笑った”……、だと?」


 持っていた買い物袋を落とし、目を見開き、驚愕の表情を浮かべて彼は言った。


「まさか、そんな。動いたのか? メンタルドライブが?」


 ヤマダさんはそういうと口元を押さえて、よろめく。そのまま後ろに下がり、野寺川を渡す橋の手摺りに寄りかかった。


 彼もまた俯いたと思うと、肩を震わせ始める。


「あははは、あはははははは。ははははははッ!! 生れたのか、これに、感情が!!」


 天を突くような笑い声を上げて、彼は叫ぶようにいった。


 全く訳が分からない。一体全体何が起きているというのだ。


「ヤマダさん!」


 ともあれ、彩月さんまずどうにかしないと。


 彼女は身を抱く指が肌を傷つけんばかりに食い込んでいる。


 息は荒く喘ぐよう。地面に頭を擦りつけてガタガタと震えている。


「信じられない!! まさか、本当にそんなことが起こるとは!! 何なんだ、私は!! 何が天才だ!! まったく、唯の無能ではないか!!」


 一方でヤマダさんは空を仰いで、手で目を覆い、口を大きく吊り上げて笑っている。


「ヤマダさん!!」


 叫ぶが聞こえない。


 彩月さんは今にも壊れそうな程振るえ、ヤマダさんは狂ったように笑っている。


「ヤマダさん!!」


 だが、まるで耳に入ってない。そんな彼に怒りがこみ上げ、僕は自然と立ち上がり彼の胸倉を掴んだ。


「あ、何だ少年か」


 口元を歪めながら心底愉快だといわんばかりのヤマダさんは、今気付いたといわんばかりに僕に言った。


「何だじゃないだろう、アンタ! 彩月さん苦しんでるんだよ、何してんだよ!」


 橋から落とす勢いで掴んだ拳をそのまま胸倉に叩き付けた。


「それくらいじゃそれは壊れないよ。だが、確かにこのままでは不味いな」


 ヤマダさんはそういうと僕の手を払い彩月さんに近付くと、震える彼女を抱き上げた。抱き上げられた彼女はそのままヤマダさんの肩を掴み、顔を彼の胸に埋めた。


「頼むからそのまま私の肩を握りつぶさないでくれよ」


 そういうと、彼は彼女を抱えたまま橋を渡っていく。


「あ、あの」


「ん、なんだい少年?」


 振り返ったヤマダさんが僕に言う。


「その、彼女は一体……」


「ああ、心配しなくてもいい。これは病気じゃないよ」


 とは言うけれど、どう考えたって大丈夫には見えなかった。


「でも、病院に連れて行ったほうが」


 僕の知っている病気とはどれも違う、全く知らない症状だ。素人目にも大丈夫には見えない。


 けれども、ヤマダさんの言葉は実に素っ気無いものだった。


「連れて行ったところで直るものでもない。そもそも、医学では分野外だ」


 全くの無駄、と彼は切って捨てる。


「僕に出来ることは……」


「ないね」


 その言葉が僕に突き刺さる。


「ともあれ、君は何も心配することはない。大丈夫、明日には元通り、いつも通りの彼女だから、そしたらよろしくやってくれ」


 それでは、とヤマダさんは言ってしまう。


 僕はその後ろ姿を見送るだけだった。


 そして一人取り残された僕はその場に佇んでいた。彼女が苦しんでいたというのに全く何も出来なかった。


 僕は無力だ。


 その事実を噛み締めてただ立っていた。

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