カノジョは変わり“モノ”?(4)
諸事情で1、2週間くらい更新が遅れるかもしれません。
薄らと茜色に染まる空の下、僕と彩月さんは校舎を左手にグラウンドの真横を歩いていた。トラックでは陸上部がインターバルを繰り返していた。
陸上部は夏の引退試合を控えて練習に励んでいた。どの生徒も練習に集中してこちらを振り向かない。
浅黒い陸上部の顧問の先生もその指導に熱が入っていた。
彼女はその様子を横目で見ていたが、興味なさそうに視線を切ってしまった。どうにも、トラック競技には関心はないらしい。
僕らは彼らを尻目に校庭に沿って進み、技術棟に突き当たってそれを右に進んだ。目の前には軟式テニスのコートとその手前に剣道場が見える。僕らは剣道場を目指して歩いていった。
入り口から中を覗くと入って直ぐの左右に個室が見える。それぞれが男子、女子の部室なんだとか。そして正面、一試合上ほどの広さぐらいの道場だ。
お世辞にも広いとはいえない道場に幾人の部員が青い胴衣と防具をつけて練習をしていた。技の練習中だろうか、二人組みになっている片方が、相手に連続して手と頭を打って抜けている。
と、防具をつけた生徒が一人こちらに気付いた様子だった。腰の部分防具には名札が掛かっており、五木と漢字で刺繍がされている。
まったくと思うが、彼は竹刀を肩に担ぐとこちらを向いて意味深に頷いた。そして、他の部員に思いっきり面を横から叩かれた。
「あれ、うちのクラスの生徒よね。越智君と良く話している」
「良く分かったね」
一緒にいるから、と彼女は言った。とそこで入り口のところに座っていた剣道部の顧問の先生が振り返った。
剣道部の顧問は二人おり、一人は厳しいタモリ似の先生だが、今日は若い頃のジェフ・ゴールドブラムに似た先生の方だった。エイリアンの円盤に突っ込むおじさんとか大統領とか、空軍パイロットじゃなくて眼鏡を掛けたエンジニア役の人。
「お前のほうは名前は分からないが、もう一人のほうは山田だろう。何だ、部活見学か?」
「まぁ、そんなところです」
「剣道に興味があるのか?」
「興味があるかどうか知りたいから見学にしているんです」
言っている意味が分からない、といった雰囲気の先生。けれども。
「まぁ、とりあえずそんなところで見ているのもなんだから入れ」
そういって中に入れてくれた。武道だからか、入り口の靴はきちっとそろえられていた。
それにあわせて靴を脱いで中に入る。続けて、彩月さんも来た。
今やっているのは打ち込みの練習だということだった。もっとも、それも直ぐに終わり休憩に入った。休憩後は試合の練習をするらしい。
正座した生徒たちが小手を外し、その上に面を置き立ち上がり、部室に引っ込んでいく。その途中、物珍しそうに2年生、3年生の先輩たちは僕らの事を見ていた。
「丁度休憩だ、どうだお前ら竹刀振ってみるか?」
先生がそんな事を言った。お言葉に甘えてやらしてもらう事にした。彩月さんはまったく興味なく、いいわといいそうな雰囲気だったので二人でお願いします、と先生に話した。
先生は男子部室から竹刀を二本持ってくると、道場の隅っこにある打ち込みマシンのところに連れて行ってくれた。マシンといっても機械仕掛けではなく、骨組みに防具をつけただけのような構造をしていた。そこには他の一年生の姿もあり、当然、正悟の姿もあった。
「え、何? アレって1組の噂の女の子だよな?」
「うちの部活はいる訳? つか、隣の誰?」
「あれ、正悟と良く話している奴だよな。名前は確かあずまっていったような?」
「つか、何であいつら一緒にいる訳? 付き合ってんの?」
「どっちかってーと生物の観察だな」
わいわいと休憩中の一年生は様々な事を言っている。後で正悟とは話し合いかな。
「ちょっとあけろ、一年。別に入部で来た訳じゃなく見学だ。時期は外しているが、まぁ、こうして興味持ってきてるんだから断る理由もないだろう」
はーい、と返事をした一年生は打ち込みマシンから離れていく。離れ際、正悟だけがニヤニヤと笑ってこっちを見ていた。
「いいか。竹刀を握るときは柄の底から左手で握る。その時力を入れるのは、小指、薬指、中指だけだ。人差し指、親指は力を抜く。そして、右手は鍔の間際で上から被せるように添えるだけでいい。竹刀の柄から剣先まで伸びている弦を上に向けて構える。構えるときは肘を伸ばさずゆったりと曲げて、左手がへその拳一個分くらい前で構える。剣先は相手の喉下、面の顎の部分を狙う」
言って先生は打ち込みマシンに向かって構えた。ゆったりとした中でも力強い姿勢だった。僕も真似てやってみたけれどもどうにも腕が張ってしまった。
遅れて彩月さんも構えたが、彼女もどこかぎこちない感じだった。それが納得できないのか、彼女は首を傾げていた。
「まぁそんな感じだ。そして、構えたときの足だ、が足は平行にし右足を前、左足を後ろに立つ。その時、後ろ足は前に出した足の踵の隣、拳一つ分開けた位置に置き、踵を少し上げておくんだ」
そういって先生はスッと構える。ジャージ姿では歩けれど、その姿はテレビで見る剣道家そのものだった。
そしてそれをまねてみるんだけれども、どうしても平行にならずに足が開いてしまった。彩月さんは問題なく構えが出来ている。
「そして、竹刀を振るときは肘から頭上に竹刀を大きく振り上げて、腕と手首と竹刀が胸の位置で真っ直ぐになるように振り下ろす。そして、左足で身体を押すように前に出て、右足を踏み込むと同時に竹刀を面に当てる」
言いながら竹刀を頭の上まで振り被り、打ち込んだ。
滑らかに連動して動く手足。ダン、と床を叩くような踏み込み。床が軋み建物自体が震えるような振動と、同時に乾き、弾けたような高い打撃音。
打ち込んだ先生は伸びきった腕を身体に引き寄せ、竹刀を真っ直ぐに立て手から打ち込みマシンのぶつかった。
「こんな感じだ。やってみろ」
竹刀を肩に担いで振り返った先生が言う。実際、見てる分には簡単そうだが果たして。
先に打ち込むのは僕のほうだった。
いつの間にか部室に入っていた先輩たちも顔を出していた。
制服のまま見よう見まねで竹刀を構える。足は意識して平行にしようとするが、少しずつくの字に開いていく。竹刀を握ることに集中して肩がこわばる。なんだかブリキの人形になった気分だ。
目の前。打ち込み人形を見据える。間違いなく僕より強張っているはずの人形、というか骨組みのほうがゆったりしているように見える。
そして、深呼吸一つしてから僕は動いた。
頭上高く振り被る竹刀。動く足。前に進む身体。
しかし、落ちる竹刀は踏み込む足よりも早く、打ち込み人形の頭に当たり、遅れて音がついてきた。ぺしん、と情けない音とタン、と軽い踏み込み。
腕を引っ込めてあったっていたが、そんなことも出来ずに人形を前にして急ブレーキを掛けてとまった。
ちぐはぐに合わない動き。まるで糸の絡まったマリオネットになった気分だった。
ただ、先生を含めてみんな頷いていた。
「まぁ、そんなもんだ初めなんて。そもそも、最初から手足が合うような奴なんていないからな」
繰り返して身体が覚えさせていくものだから、と先生は言った。
続いて彩月さん。
彼女も竹刀を持ち打ち込みマシンの前に佇んだ。けれども、彼女は僕とは違い長年剣道を続けてきた人のように滑らかな動作で、構える彼女の姿は様になっていた。
おう、と剣道部員から声が上がる。次いで、彼女が動いた。
手足身体。ぎこちない僕とはうってかわって、まるでそれをするために生れてきたようなほど自然で滑らかな動作で彼女は竹刀を扱う。
同時に落ちる竹刀と踏み込み。それ程強くはない踏み込みではあったが、しかし、面を叩く竹刀は子気味よい音を立てた。
おお! と驚く剣道部。先生もビックリした様子で、ただ一人、正悟だけが肩を竦めていた。
「なんだ山田。お前剣道経験あったのか?」
「いえ、これが初めてですが」
なんて彩月さんは言うけれど、素人目から見てもとてもじゃないけれどアレが初体験の人の動きには見えなかった。
「とてもそうは見えないが、しかし、本当にはじめてというならうちの部活にほしいな。どうだ、入ってみないか剣道部。おそらく練習すればお前なら全国狙えるぞ」
興味深そうに先生は言った。剣道部員、主に男子だけれども、からおおっ!! いう声が上がる。
「いえ、遠慮しておきます」
即答だった。
「そうか、残念だな」
先生は顎を擦りながら惜しそうにいった。おおぅっ、と気落ちした声が部員、主に男子から、した。
「先生、部員の皆さん見学ありがとうございました。これからまだ行くところがありますので、ではこれで」
「うん? そうか。まぁ、うちならいつでも来て見学してもらって構わないが。ああ、後気分が変わったらいつでも入部して構わないぞ」
ありがとうございます、と彩月さんが返した。瞬間、さっきよりもテンションの高いおお!! という声が上がり。
「行きましょう、越智君」
といった直後、部内の空気がひび割れる音を僕は聞いた。
一斉に刺さる視線に悪寒を感じ、にやける正悟に恨めしい視線を向け、直後にいきなり手を掴んで引く彩月さんにビックリしながら僕はそのまま剣道場を後にした。