カノジョは変わり“モノ”?(2)
彼女と出会ってから3ヶ月くらいになろうとしていた。
梅雨もすっかりと明け、燦然と太陽が輝く夏のある日。1時間目から教室は茹だるような暑さだった。
エアコンは設置されているものの、気温が28度を超えないとつけないという。そして、現在の気温は27度。一度くらいいいと思うけれども、先生たちは頑なだ。
エアコンばかりつけていると冷房病だとか体力が云々と様々な理由を挙げるが、蒸しあがってしまいそうな僕ら現代っ子はむしろ大歓迎なのだけれども。
確かに気温は低いのだろうが如何せん蒸す。蒸すから熱が逃げずにこもる。一応窓は開いてるものの、風一つ吹いていない。それ故に窓が開いてる意味がない。
玉のような汗。雫は肌を伝いノートに落ちていく。ノートの上に伸ばした腕が紙に張り付き鬱陶しい。
目の前、正悟は明らかに苛立っているし、三九二君は机に突っ伏したまま微動だにしない。逆にあれは熱いのではないだろうか?
他のみんなもタオルで仰いだり、ノートで仰いだり、何処から取り出したのか小型の扇風機を使ったり、あ、取り上げられた。
机に向かうみんなはゾンビ映画さながら生きている死体状態で授業を受けていた。
そんな中、彩月さん一人だけはいつもの涼しい顔をしている。
涼しい顔をしているというか、ただ一人汗をかいていない。
肌は陶器のように白いのに、まるで砂漠か赤道直下に住んでいたかのようにまったく動じていない。というか、その二地域だって汗をかくだろうに、彼女はちょっと異常だ。
なれてるとかなれてないとか、なんかそういう次元を超えている。
血管に流れている血液の代わりに氷水が全身を巡っているのではないか、と疑ってしまう。勿論、そんなことはないだろうけど。
そういえば、一度彼女に触られたとき冷たかったっけ。基礎体温が低いのだろうか。
もっとも、それだけではあんな涼しい顔していることなんて出来ないだろうし、何かしら暑さを感じないコツのようなものがあるのだろう。聞けたら後生のため聞いてみよう。
汗を垂らしながら先生は熱心に授業を勧める。BGM代わりの蝉の大合唱に気がめいる。
時間を見れば授業開始からまだ半分もたっていない。大抵、エアコンがつけられるのは2時間目が始まる頃からだ。
そう思うと自然とため息が漏れる。少なくとも、早くて後半国はこの灼熱地獄に身を置かなければならないようだ。
◆
そして、授業終わり。
「越智君、ちょっといいかしら」
チャイムが鳴ってタオルで顔を拭きながら先生が教室から出て行って間もなく、彩月さんが僕の席にやってきてそう切り出した。
「……あ、うん。別に構わないけれど、どうしたの?」
暑さでやられて椅子に寄りかかったままぼうっとしていた僕は、最初彼女に声を掛けられたことに反応できなかった。そして、冷静に考えたら彩月さんから話しかけられたのこれがはじめて……?
「少し話したいことがあるの。いいかしら」
珍しく神妙な表情で彼女は……、あ、いや、いつもこんな感じか。
そして、いつも通り僕だけが彼女と会話している。そんな僕らをクラスのみんなは見向きもしない。何せ期待した結果は得られないし、この光景が常態化して物珍しくもなくなっていたし、そもそも暑さで僕らに構っている余裕なんてみんなにもなかったからだ。
しかし後でって、何故なんだろう。
「別に構わないけれど、ここじゃ駄目なのかな」
いつもの彼女だったらそういうのを気にすることはないだろうに。
「駄目ではないけれど、それだと少し越智君が困ってしまうと思うから、後でと思ったの」
けれども、気にした様子も見せずに彼女は言う。表情の変化に乏しいというか、まったく変わった様子が見れないことが常な彩月さん。他人の目があろうがなかろうがゴーイングマイウェイが彼女のはずだが、聞き違いでなければ今僕の事を気にしていた?
……もしかして彼女も彼女なりに暑さにやられているのだろうか。アレ、なんか僕酷いこと言っているような気がする。
「何はともあれ、結局話の内容次第だからねぇ。まぁ、でも彩月さんがそう判断したならそれで僕も待つよ。今日は顧問の先生がいなくて部活ないし」
「うん。それじゃ放課後」
そういって自席に戻っていく彩月さん。
『なんだあずま、もしかして告白されるのか?』
「……って人を小ばかにしたような笑みを浮かべて言うんだろうな、正悟は。というか、僕は何をしているのだろうか」
一人椅子に寄りかかったままそんな危ない独り言をつぶやいていた。喋ったのは僕である。
現在、僕の前の席の正悟はタオルを持って廊下の水道に行っている。
一時間目からいらだっていた正悟。その前に朝練があってそこで汗を流したばかりなのに、こうして涼むことが出来ないからやってられるか、と廊下の流しに行った。もっとも、そこで出来ることといえば顔を洗うか腕を濡らすか、後はタオルを水に濡らすかぐらいなんだけれど。
という訳で、め僕らのやり取りを茶化す人はなく僕は放課後を来るのを待つのだった。