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メカな彼女とノーマルな僕  作者: 日陰 四隅
19/60

彼女は変わり者(10)

 辿りついたのは以外にも至って普通の店だった。


 旧水野市の市民体育館前。そこに立つステーキが自慢のレストランに僕ら三人とヤマダさんはいた。


 市民体育館の見える窓辺の4人掛けの座席に僕と正悟、ヤマダさんと三九二君が並んで座っていた。


「さあさあ遠慮せず、気を使わずに注文したまえ」


 黒い髪のヤマダさんは笑顔で言う。


「マジで、いいんすか!? じゃあ、俺400gサーロインステーキのセットで。飲み物コーラ」


 意気揚々とメニューを注文する三九二君。本当に遠慮がなく、値段は三食ファミレスでいけそうなくらいだった。


 うってかわって僕は注文しない。ある、一つの危惧があったからだ。同様の事を思っているのか、正悟もメニューを眺めて難しい顔をしていた。


「彼は早々に頼んだけれども、少年達は悩んでいるのかい? でも表情的にメニューどれがいいかな? 見たいな楽しそうな雰囲気じゃないけど何を考えているんだい?」


 そんな僕らの様子を察してかヤマダさんはそんな事をいった。


 聞かれて僕らは顔を見合わせる。そして、ヤマダさんから隠れるようにしてメニューを立てた。


 その陰で僕らは話し合う。といっても言葉にせず指だけで。


 正悟が人差し指と親指でわっかを作ってメニュー越しに山田さんを指差した。言葉にするなら『金持ってんの?』


 それに対して僕は両手の人差し指で×を作り、次に親指も使って三角を作る。意味は『ないんじゃないかな。もしかしたらあるのかも』という。


「……君達は何を密談しているんだい?」


 いぶかしむようにヤマダさんは眉を顰めた。


 立てたメニューから顔を覗かせた僕ら。さしあたってストレートに『お金持ってます?』とも聞きづらいし、そもそも居直って持ってないよともいいかねない。むしろ、今まで会ってきたヤマダという人の人格から考えれば本当に言いかねないから困る。


 もっとも、自分から誘ってきたのだからそれはないだろうけど、しかし、一抹の不安を拭いきれない僕はどうしたものかと困惑した。


 と、そこで。


「まさかここで財布からベンジャミン・フランクリンが顔をのぞかせるとかないですよね。ここ日本なんで使えませんよ」


 なるほど、その手があったか。冗談っぽく正悟が言った。三九二君はいまいち意味を理解しかねていた。


 しかし、言われたヤマダさんは不服そうな表情を浮かべていた。


「失礼だね、少年。そもそも、生粋の日本人で海外旅行をしたことがない私の財布から米ドルが出てくるわけないだろう」


 あ、まだ生きているんだその設定。


「ほら、見た前。僕の長財布にいるのは福沢諭吉だよ」


 そういってジャケットの内ポケットから長財布を取り出し中身を見せてくれるヤマダさん。ヤマダさんが言ったとおり福沢諭吉がいて、何よりも驚いたのは、ぱっとみただけでも20人以上が同居していたのだった。


 それを見て眼を丸くする僕たち。どうだい、とドヤ顔を浮かべて自慢げにしているヤマダさん。


「あ、テンダーロイン、サーロインそれぞれ300グラムずつ。ライス? いらない。後俺もコーラ。瓶なら一気に2、3本一気に持ってきて」


 即座に注文をかける正悟も現金だ。ずりぃ、といって三九二君も追加でテンダーロインステーキを注文する。


「しかし、随分お金持ってますねヤマダさん」


 貯金で20万円を持っていると小学校の頃に友達が話してたりするのは聞いた事あるけれど、現物を持っている人は始めてみた。


「凄いだろう、少年。実は君たちが思っているよりも僕はお金を持っているんだよ。まぁ、それはいいんだけどね、あんな紙切れ。それより少年は頼まないのかい?」


 なにやらさらっととんでもないことを言っているような気がする。


 しかし、好きなものを注文しろといわれても僕は元々食が細いほうだし、彼らみたいに食べれるって訳じゃないし。


 メニューを開いてみる。あんまり考えずにチーズハンバーグを注文した。


「謙虚だね。遠慮せずにもっと別のを頼めばいいじゃないか」


 その後、ヤマダさんが頼んだのはコーヒーだけだった。


「それで、俺達を呼んだ話っていうのは?」


 正悟が言った。


「うんうん、そうだね。そっちが本筋だからね。ご飯はついでだ。あ、いや。アレと関わってくれていることに対してのお礼って意味も含んでいる」


「いえ、僕らが特に何かやっている訳ではないですけど」


 そんなことはないよ、とヤマダさんがニコニコしている。彼がアレというのは彩月さんのことだ。なんだかんだヤマダさんも彼女の事を気にしているみたいだ。


 しかし、立てたメニューから笑ったような目で見る三九二君も、隣で気付かれないように人の事を肘で小突く正悟もどういうつもりなのだろうか。


「関わっているだけ、それが重要なんだ。それでなんだが」


 と、そこでヤマダさんの笑みが消え、眼光が鋭くなる。


「君たち、アレに何をした」


 いつものふざけたような調子ではなく、低く、真剣な声音でヤマダさんは僕らに聞いた。


「……ええっと、それってどうい」


「何をしたかと聞いたんだが」


 一瞬にして空気が凍る。いつになく真剣、を通り越して怒ってるようにも見えなくもないヤマダさん。どうやら僕らは何かまずい事をしたらしい。あ、いや。この場合僕なのだろうか。


 同様の事を思ってか、正悟と三九二君が一瞬僕のほうを向いたと思うと、瞬間的にメニューを取って立てその陰に隠れた。本当、いい友達だ。


「どうやら、何か知っていそうなのは越智少年らしいが、君、知っているかい?」


 本ッ当に彼等はいい友達だ!


 目だけで射抜かれそうな鋭い眼で僕を睨みつけるヤマダさん。退路はない。僕は人生で始めて窮地に立たされていた。


しかし、何をしたかといわれても何もしてないわけで、何かしようとかそういう下心はまだ僕にはなかった訳で、いや、将来的にないかといわれればそれは分からないというかなんというか。


 兎に角、ヤマダさんが思うようなことは僕はまだ彩月さんにはしていないし、されていないのである。


「どうした? 何もしてないわけがないだろう。君はアレに何をした」


「いえ、僕としては思い当たる節は……」


「そんな訳ないだろう。昨日からアレの様子がおかしい。いつも通りならアレが変わることはない。現在、アレに外部から刺激を与えているのは君たちだ。なれば君達に原因があると考えるのは自然だろう。で、何をした」


 見る見る場の空気の温度が下がり、夏を目の前にして氷点下を下回っていた。回りのお客さんも僕らの異様な空気を察してか気まずそうだ。大丈夫、僕はその倍以上気まずい。


 言葉のチョイスを間違えれば発砲されかねない雰囲気を醸し出すヤマダさん。なんとなく懐から拳銃が飛び出しても違和感がない。飛び出されても困るんだけれども。


 言わない、という選択肢もなく、痺れを切らしているのかテーブルを指でトントン叩いている。


 今の今までの薄い反応からして彩月さんにあんまり興味がないのかと思ったけれど、真逆で、ちょっと過保護が過ぎやしませんかね?


 進退窮まる。もはや後がない僕。というか、いきなり地面が崩れて崖っぷちに立たされている状況なんだけど。もはや黙っているのも限界である。


もう、意を決して話すしか。いやいや、そもそも何にも疚しい事をしていないのだから別に話したところで、しかし、それを言ってしまったら何か取り返しのつかないような状態になってしまうような、だが、このまま消えるという方法もなく……。


 ええい、埒が明かない。ぐだぐだ考えていてもどうせ話は進まないんだ。こうなりゃもうどうにでもなれの精神だ。


「……え、ええとですね。特に思い当たる節はないんですけど、しいていうならば日常的に話しかけていたぐらいで」


「それは知っている。それ以外だ、少年」


「それ以外といっても僕はそれ以上のことはしていなかったんですけど、ただ昨日彼女が僕に話しかけて……」


「話かけた!? アレが君に話しかけたというのか!?」


 目をむいて大声を上げて席から飛び上がったヤマダさんが、テーブルを通り越して僕の肩を掴んできた。


 周りのお客さんも、カウンターの店員さんも驚いてこっちをむいた。正悟も三九二君もビックリしてメニューから顔を覗かせた。僕は危うく心臓が飛び出しそうになった。


「それで、あれはどうした、どうなったんだ!?」


「……お、落ち着いて、落ち着いてヤマダさん。ま、周りの人が見ています」


 ああ、すまない、と彼は席に戻った。僕は小刻みに脈打つ心臓を落ち着かせるために深く息を吸い、はいた。


「それで、その後は?」


「まぁ、あなた暇ねっていわれまして」


「そうだろうな。私もそう思う」


「……それで、何故興味を持ったのか聞かれて、君が気になったからと答えまして、そんな程度のことで人が人に興味を持つの? と聞かれ、分からないけれど僕はそうだよって答え、変わっているといわれて、どうして人はそうなるのか、と聞かれて答えられないけれど僕を知ろうとしている彩月さんも僕に興味を持っているといったら、少し考えて確かに私はあなたに興味を持っていると……」


「ちょっとまて、少年。今、アレが君に興味をもったといったか?」


 言ってから唖然とするヤマダさん。


「……いいました、けど」


 確認するように僕が言うと彼は俯いてしまった。黙りこくったまま、そのまま動かなくなる。いや、よく見れば俯いて肩を震わしている。


 ―――ああ、やっぱり不味かったのか。


 怒っている。あれは怒っている。間違いなく怒っている。


 同じように正悟も思っているのか、やっちゃったみたいな表情をして一瞬こっちをちら見すると、自分は知らないとばかりにメニューを食い入るように見始めた。


 安易に言ってしまったこと、いい友達を持ったことへの後悔を抱え、次ヤマダさんが動いたときが僕の最後かなぁ、と気が遠くなっていると


「あははは、ははは、はははははは!! そんなことがあるのか!!」


 大きな口を開けてヤマダさんは大笑いをした。


「興味!! アレが人に興味を持ったといったのか!! 君に興味を持ったといったのか!! まさか、そんな!! 今まで散々私が時間をかけてきたことが、この二ヶ月ほどでこうもあっさりと話が進んだのか!! まったく、私という奴は無能の極まりだな!! 何が天才だ、恥さらしもいいところではないか!!」


 おかしくてたまらないといわんばかりに大きな笑いが止まらないヤマダさん。僕らは唖然としたまま彼を見ていた。


「……あの、大丈夫ですか?」


「少年、君、いま私が大丈夫に見えるかね!? まったく駄目だ。私は私を忘れるくらいにご機嫌になっている!!」


 日ごろまったく大丈夫に見えないから今が悪いか良いかなんて判別はつかない。むしろ、常に悪い人なので悪化したようにしか見えないのですけど。


 一人大笑いする彼をよそに周りの人は酷く迷惑そうにこっちを見ている。それはそうだろう。さっきまで散々空気が悪かったと思ったらうって変わってこの有様だ。人騒がせもいいところだし、楽しい食事の邪魔をされていい気持ちの人間はいない。


 しかし、一連のヤマダさんの反応はどこかおかしかった。なんていうか、うまく説明は出来ないのだが、まるで実験をしていた学者が予想外の発見をして喜んでいる、そういう風に見えなくもない。そもそも、僕らには彼が今何を楽しんでいるのかも良く分かっていないし。


「ああ、こうしちゃいられない。すまないが私は行かせて貰う。君達はゆっくりしていってくれたまえ」


 そういって気前良く置いていかれる五万円。ひとしきり笑って落ち着いたのか、ヤマダさんはすぐさま立ち上がってそのまま本当に席を後にした。


 それを茫然と見送った僕ら。間もなく、僕らの頼んだメニューを不機嫌な表情の店員さんが運んできた。


「……なんつーか、凄かったなあの人」


 荒く置かれるステーキに目もくれずに三九二君がいった。


「俺たちのときもあんな感じだった。周りが見えていないというか、興味ないというか」


 呆れたように正悟が言った。


「ていうか二人ともさっき僕の事守ってくれなかったよね」


「いや、あれは馬に蹴られたくなかったから。よろしくやってたのは事実だろう」


「そんなことはない。メニュー選びに必死だったんだぜ、俺」


「……良く分かったよ、二人がどういう人間かって」


 友達思いだろう、と正悟が言った。


「それはそうと、結局あの人何が目的だったんだ? 聞きたいことといったけど、これといったことなんてなかったぜ?」


「しかし、向こうは向こうで喜んでいたがな。ただ、やまさんの話聞く限りじゃアヤがすげーコミニケーション障害ではじめて友達が出来て喜んでいる、親のようでもないような反応だったが」


「それも違う気がするけれどね。何だろう、僕らとヤマダさんの間で何か決定的に違う認識の差があると思うんだ」


 周りの二人もそれに同意なのか、三人揃って唸っていた。


「……まぁ、悩んでも出る答えでもないし、食うか」


 正悟がいう。僕たちもそれに同意してとりあえず食べ始めたのだった。

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