彼女は変わり者(6)
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結局その後一日我を忘れたまま過ごす羽目となった。
学校を出た後。家に帰って勉強している最中。ご飯を食べている時。湯船に使っている間。そして布団に潜っている今。ずっと学校で起こったことばかり考えていた。今思えばよくも轢かれずに帰ってきたものだと思うけど、それより何よりやはり教室での彩月さんとの……。
ああ、駄目だ。思い返すたびに顔が熱くなる。かけてある布団を頭から被る。布団の中で右へ左へといったりきたり。初恋をした女の子みたいにそわそわと動きまわる。
いや、大して変わらない状況なんだけど、男だから一層醜い。
目を瞑っても瞼の裏に移るのは、目の前に迫った彩月さんの顔。
その度に低い唸り声を上げならが布団の中で身悶えを繰り返していた。
そうして気付けば夜が明けており、寝不足のまま学校に行く羽目となった。
「最近ずっと干物のように机につっぷしてばっかりだけど、今日は随分とまた延びきっているな」
机に伏せたまま夢と現実を行き来していると、朝練が終わりやってきた正悟に僕は起こされた。
「……やぁ、おはよう」
「お前は今からお休みって感じだけどな。あずま。珍しい、寝不足か」
「……まぁね」
あくびを一つして体を起こす。身体はだるいし瞼は重かった。
普段は数えても一向に増えるだけの羊が、今は頭の周りを回転しながら子守唄と謡って確実に眠りに誘いに来ていた。
「徹夜明けって感じだな。なんか最近ゲームでてたっけ?」
「新作は工房シリーズ待ちかな。最近は古いゲームやってる。2台くらい前の卓上機なんだけど、いろんなアニメのロボットが出てきてそれを操作するアクションゲーム。すっごい安いんだけど面白くてね。3作品出ててね、その1番目今やってる。ああ、でも次世代機と携帯機のは人気ないみたいだけどって趣味じゃないか。ああでも、別にやり込んで寝不足って訳じゃないよ」
「そうだな。どっちかってーとfpsのほうが好きだしな。つーか、違うのか。それじゃ別のこと?」
「ちょっとね。悩み事っていうか、考え事っていうか」
そういってチラッと後ろを振り返る。
窓辺の一番後ろの席。彩月さんの席だ。
そして、珍しく彼女は未だに登校していない。朝のホームルームまではまだ時間があるものの、いつも登校している彼女の姿はなかったのだ。
前を振り向くと正悟が悪い笑みを浮かべていた。
「あや関連の話しか?」
「……別に」
「図星か」
―――こう、どうして身内のことに関して物凄く察しがいいのか。
「……そうです。彩月さんのことで少し考え事」
すると、悪い笑みを浮かべていた正悟がよりいっそう面白そうに口元を歪めた。そうして、何を思ってか顔を近づけ小声で話してきた。
「もしかしてお前告った?」
「……なんでそうなるかなぁ。どうしたらそういう考えになるかな」
「お前がそこまで気にして眠れなくなるなんてよっぽどだろ。だから最近の話題で撃沈しそうなのはそれくらいだからよ。玉砕したのかって」
「……高い期待を持ってくれてありがとう。でも、僕の度胸はそこまでないよ」
ねぇなぁ、と正悟は鼻で笑う。
「うちの中じゃ一番肝っ玉でかくねーか。なんたってただ一人あやに話しかけ続けているんだぜ?」
「どちらかと言えばそれは気長な気がするけどね」
そうかもな、と彼は笑った。
と、そこで教室の前の扉が開く。入ってきたのは彩月さんだった。クラスのみんなが一瞬そちらに視線をやるが、すぐさまみんな元のほうを向いた。
「ほら、図中の彼女だぜ」
「そういうの嫌いだな、僕」
にやけたままで正悟は肩を竦めた。
彩月さんはいつも通りの無表情で教室の黒板側を通り自席に行く。彩月さんの席は窓側の一番後ろなのだから、教室の後ろから入ればいいのに。今日に限って何でわざわざ前から来るのか。
そう思ってみていると彼女は僕の席の隣で立ち止まった。笑っていた正悟が固まる。
「おはよう。越智君」
どうやら彼女は僕に挨拶するためにわざわざ前から来たらしい。
「ああ、おはよう。彩月さん」
僕は返した。聞いった彼女は自席に向かった。それを見送って振り向くと、目の前で目を丸くして固まっている正悟の姿があった。
「……どうしたの?」
聞くが茫然自失といった正悟は僕の問いかけにも答えない。
気付けばクラス中が静まり返っていた。そして、一様にみんな同じ場所を見ているのだった。
その視線の集中点。みんなが向いている先に僕の姿があった。
そして、一斉にざわつくクラス。に混じって聞こえる三九二君の絶叫。
しまったと思うが後の祭り。そもそも、予想できたとして回避する方法があったのだろうか。
「……あずま、お前どんな魔法を使った?」
信じられないようなものを見る正悟。なんだか今日一日荒れそうな気配だ。