彼女は変わり者(4)
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次の日、僕たちに気がつかなかったのか、ヤマダさんから何も聞いていないのか、彩月さんは何事もなかったように登校してきた。
彼女から僕らに声を掛けてくる気配もなく、かといって僕らから彼女に昨日ついてついていったんだけど何処に行ったの、なんて馬鹿正直にいえる訳もなく、結局何も変わらないまま学校生活は続いていた。
しいて変わったといえば、アレ以来時々三九二君が話しかけてくるようになった。いつも通り別のグループで騒いではいるんだけど、時々機会を見ては話している。といっても、大体正悟と三九二君が何か言い合っているんだけれども。
後は、学校の近くにヤマダさんが出没するようになったこともある。理由は不明。だけれども、格好は普通のスーツの類なのでおそらく学校関係なんだろうけど。
特に学校に入るわけでもなく、かといっていなくなるわけでもない。大半は市役所や消防署、敷地の周りを歩いていたり、偶に近くのカレー屋にただ座っていたりと迷惑極まりない。特に何するわけでもなく学校のようすを覗うようにいるという。
その表情は真剣そのもので、何か物思いにふけているような、考えこむような表情をしているという。変人だけど元々モデルか俳優張りの端麗な容姿なので、またその表情が女の子受けが良くて、学校では新たにヤマダファンクラブなるものが結成されているんだとか。
あ、でも一人限定で校長先生だけがヤマダさんが現れたと聞くたびに戦々恐々としているらしい。最初からなにやら様子がおかしかったが、本当にあの人は何をしたのだろうか。
それ以外で言えばもう直ぐ梅雨が終わりそうになっていることと、同時に期末テストが近づいていること、後はもう直ぐ始まる祭りのおかげで一部生徒がそわそわしだしている等、学校ではそれくらいだ。
町中では不審者の目撃情報が多発されていること。っていうかこれはおそらくヤマダさんのことと思われる。後は立地の悪い菖蒲園でそろそろ菖蒲の見ごろが終わるとか、最近観光客が増えており、ちらほら外人も見えるという。
つまり、変わらずこの町はこの上なく退屈で平和であるということだった。
彩月さんがこの学校に転校してきてから一ヶ月と半月。色々と馴れてきたクラスのみんなはそれぞれ自分なりのペースで学校生活をエンジョイしていた。
僕といえば相変らず成果の見られない彩月さんとの一方的な挨拶のやり取りを根気良く続けていた。そうして自席に戻るたびに正悟と、新たに増えた三九二君に茶化される日々を送っているのであった。
正悟、三九二君といえば一緒に彩月さんを追いかけたあの日以降は普通通りに学校生活を送っている
。興味を失ったというか、関心がないといか。遠巻きに僕に関連して彩月さんには関わっているけれど、それ以外は何かしようとはしていない。
まぁ、学校に慣れてきてそれなりに自分達のすべきことを見出したのだと思う。それぞれ、部活動に精を出し、程ほどに勉強をしている。
かくいう僕もあんまり変わらない。彩月さんに声を掛け、部活に参加し、普通に授業に参加する生活だ。まぁ、部活といえば最近は雨続きなので殆ど畑で作業することはなく、理科室でロボットを組み立てたりしている。
結局のところ、何にも変わらない日常がただ過ぎていくだけだった。もっとも、日常なんてそんなもので、朝起きて学校行って勉強して部活に出て帰って適当に時間を潰して寝る、そのルーチンワークだ。
そして、そのルーチンワークを今日も今日とて繰り返す、6月の終わりも近づいた、梅雨明けを控えたある日の午後の話だった。
「悪いな、手伝ってもらって」
「いえいえ、別に構いませんよ」
箱に入った砕けた石膏像をハンマーで叩きながら僕は美術の先生にいった。先生は別の破片を袋に詰め小分けに分けていた。
時間は6時間目が終わって帰りのホームルームが始まった頃。みんな教室に帰ってしまった中で僕一人何故こんな事をしているかといわれれば、安請け合いをしてしまった結果だった。いや、普段壊していけないものをこういう風に壊してしまっているというのはなかなか出来ない経験で、ちょっと楽しい。
そもそも事の発端は美術の時間だ。
今日の美術はデッサンの授業だった。それぞれ画用紙に木炭を使い、カエサルやアレキサンダーやブルートゥス、青年マルスの胸像の模写である。
白い画用紙に木炭を走らせ、時には指ですり付けたりしてそれぞれ真剣に描いていた。
相変らず彩月さんはまるで白黒写真のような石膏像を、木炭だけですべるように描いてた。その、描いていく様子はまるでコピー機が文字や絵を紙面に落としていくような動きだった。
また、以外にも正悟もうまく石膏像を描いていく。本人は人に見せられるようなものではない、というが僕が描いたものと比べれば全然上手だった。正悟にそれを話すと嫌そうな表情を浮かべて、うまいんじゃなくて誤魔化しが効くからだ、と言っていた。
一方で三九二君といえば普通だった。いや、なんか酷いこと言っている気はしないでもないけど、ともかく普通としか表現できない絵を描いていた。そして画用紙の炭を消すように持ってきていた食パンを齧っていた。
そして、肝心の事件はその後の後片付けのときに起きた。
それぞれ美術室の片づけを行っていた際、石膏像を運んでいた眼鏡をかけた女の子が急に倒れたのだ。彼女の持っていたブルータスの石膏像は、他の生徒が持っていた石膏像にぶつかった。彼女の石膏像はぶつかってしまった生徒がしっかりキャッチしたのだが、肝心のその生徒が持っていたシーザーはそのまま落下、首と胴体がお別れする羽目となった。またお前か。
何か病気とかではなく、軽い貧血らしかった。一応保健室に、ということになったのだが僕のクラスの保健委員は二人とも女の子だったのでさてどうしようか、となった際に正悟が名乗りを上げた。で、正悟がその女の子を担いで保健室に行ってしまった。
残った生徒で後片付けとなったのだが、そこで6時間目終了のチャイムが鳴った。もっとも、首の折れた政治家以外すべて片付いていたので後は先生だけで住むはずだった。
しかし、今日はこの後先生方は勉強会があるらしく全校生徒は一斉下校となっていた。勿論、そういう理由なので先生たちも校外に出ないといけないので流石に一人で片付けると時間が掛かるということで誰か有志で手伝ってほしい、となった。具体的に何をするのか、と誰かが聞いた際に先生が石膏像を砕くといったので、面白がった生徒が何人か挙手をした。挙手した面子がふざける気満々だったので先生は無視。その代わり目の前にいた僕に白羽の矢を立て、特に断る理由も見つからなかった僕がこうして偉人を粉々にしているのであった。